【展覧会も人気】謎の幕末絵師・歌川広景の作品が楽しすぎる【全作品を紹介】

今年太田記念美術館で開催された『お笑い江戸名所〜歌川広景の全貌』展に行ってきました。展覧会にはたくさんの人!いまだ謎多き幕末の絵師・歌川広景の全作品65点をご紹介します!

歌川広景の展覧会チラシ(太田記念美術館)
歌川広景の展覧会チラシ。太田記念美術館の展覧会は着眼点がユニークなものがたくさん
歌川広景(うたがわひろかげ)」という名前を聞いたことはありますでしょうか? 「ヒロシゲなら知ってるけど、ヒロカゲなんて聞いたことない」という方が多いんじゃないかと思います。正直マイナーな絵師だといえるでしょう。なにせ活動期間がとても短く、作品も確認されているものは全部で65点ととっても少ない。

ここで簡単に広景のプロフィールをご紹介。

歌川広景

生没年不明。どこで生まれたのかも不明。家族も不明と、不明だらけの謎の絵師。「広景」という画号などから江戸時代後期の大人気絵師歌川広重の弟子だろうといわれています。絵師としての活動期間は1859年(安政6年)から1861年(文久元年)までのわずか2年8カ月。代表作である『江戸名所道戯尽』(全50点)が確認される広景の一番古い作品ですが、デビュー作で大作シリーズ物をいきなり任される、というのも考えにくいので、これ以前からそれなりに絵師として活躍していたんじゃないかともいわれていますがやっぱり不明。

広景が突然、絵師としての活動をやめた理由については、時勢をテーマにした絵を描いたことや、外国人に城の絵を渡したことが尊王攘夷派グループの怒りを買い、身の危険を感じたため絵師を廃業したんじゃないかとも考えられています。その後の広景についても安定の不明っぷりですが、一説に「昇斎一景」という明治時代の絵師が広景のその後の姿なんじゃないかという説もあります。はたして……?

歌川広景と同一人物ともいわれる昇斎一景の作品(『東京名所三十六戯撰』より「「元昌平坂博覧会」)
昇斎一景の作品。博覧会に出品された名古屋城の金のシャチホコに見物客はびっくり。ユーモラスな人物の描きかたはたしかに広景作品に通じるものがあります(『東京名所三十六戯撰』より「「元昌平坂博覧会」)
謎だらけの歌川広景ですが、残された作品は超ユニークで異彩を放っているためカルトな人気をよんでいます。

特に代表作『江戸名所道戯尽』は、江戸の名所を描いた風景画シリーズなんですが主役は風景ではなく描かれている人々。笑ったり、ケンカしたり、ずっこけたり、化かされたり、とにかく騒々しい。芸術的な風景画とは一線を画す、清々しいまでにバカバカしい江戸っ子たちに思わず笑ってしまいます。

また本シリーズは広景の師匠・広重の代表作『江戸名所百景』をかなり意識しており、「パロディ? ていうか、もはやパクリ?」と思うほどそっくりな部分があるのも特徴。さらに北斎作品からのパロディもあちこちに。そこらへんもある意味“見どころ”です。

では、ここから歌川広景の全作品を紹介します!まずは『江戸名所道戯尽』全50作品+目録をどうぞ!

スポンサーリンク


お魚くわえたドラ犬、追いかけて〜

「壹 日本橋の朝市」(1859年)(『江戸名所道戯尽』より、歌川広景 画)
「壹 日本橋の朝市」(1859年)
赤々と朝日に照らされる富士山を遠くに望むここは早朝の日本橋。朝っぱらからブチキレているのは刺青ボディの魚売り。どうやら仕入れたばかりの新鮮な魚を野良犬にかっぱらわれたもよう。あ〜あ。

これでもくらえ!(ぷぅ〜)

「壹 日本橋の朝市」(1859年)(『江戸名所道戯尽』より、歌川広景 画)
「二 両国の夕立」(1859年)
夕立が降りしきる両国橋のたもと。雷神さまが雷雲から落っこちて隅田川にドボン。その時の衝撃で大事な太鼓も壊れちゃった……。そんな不運な雷神さまの足をむんずと掴むのは川を泳いでいたカッパ。どうやら不敵にも雷神さまの尻子玉を狙っているらしい。これはたまらん、と橋脚をよじもぼろうと必死の雷神さま、故意かアクシデントかおならがぷぅ〜。「クサっ!」といわんばかりのカッパの表情が愉快です。人間世界のすぐ足元にこんな光景があるのかも。

ちなみにこの不運な雷神さま、『北斎漫画』からのアイデアなんじゃないかといわれてます。

『北斎漫画』(第12編)より「雷乃怪我」(葛飾北斎 画)
『北斎漫画』(第12編)より「雷乃怪我」。肩や腰に巻いている布の感じが似てます

そ〜れ、ぽんぽこ♪ ぽんぽこ♪

「三 浅草反甫の奇怪」(1859年)(『江戸名所道戯尽』より、歌川広景 画)
「三 浅草反甫の奇怪」(1859年)
満月の夜、田んぼのなかで男性3人組がクワを掲げて行進中。キミたち、なにしてんの?

よく見ると頭に草鞋が乗ってるし、ふんどしはほどけてる……しかも背後にタヌキさんがいる! どうやら酔いどれ気分で吉原から出てきたところ、タヌキに化かされてしまったようです。大都市・江戸といえど人間の生活のすぐそばに不思議がありました。

イテテテテテテ

「四 御茶の水の釣人」(1859年)(『江戸名所道戯尽』より、歌川広景 画)
「四 御茶の水の釣人」(1859年)
神田川で大人も子どもも釣りをエンジョイ中。江戸っ子は釣りが大好き。画像右下、網を持った少年がなんだか悲痛な表情をしています。土手で釣りをしているオジさんの釣り針が髪の毛に引っかかっちゃったみたい。見ているこちらも「イテテテテ」といいたくなります。

さて、こちらの作品、広重&北斎作品のダブルパロディになっています。広景が参考にしたのがこちら。

『北斎漫画』(第12編)より「釣の名人」(葛飾北斎 画)

『北斎漫画』(第12編)より「釣の名人」です。むむ、構図といい表情といい“まんま”ですね。

背景の参考にしたのがこちら。

『東都名所 御茶之水之図』(歌川広重 画)

師匠・広重の『東都名所 御茶之水之図』です。土手の上に見える建物や橋などがそっくり。さらに奥で釣りをしている大人と子どももそっくり。

ハプニングも笑い飛ばそう

「五 飛鳥山の花見」(1859年)(『江戸名所道戯尽』より、歌川広景 画)
「五 飛鳥山の花見」(1859年)
満開の桜のもと、たくさんの人々がお花見の真っ最中。場所は花見のメッカ、飛鳥山です。男女のグループが茣蓙(ござ)を敷いてお花見弁当をつまみながら宴会をしていたのですが、盲目の男性が気づかずに乱入してしまったよう。せっかくのお弁当はグチャグチャ、もこぼれ、お皿も割れてしまいました。乱闘になりかねないハプニングですが、男性も女性もあんまり気にしていないみたい。みんな大らかです。

江戸ブログ 関連記事

江戸ブログ 最新記事

あわせて読みたい 戦国・幕末記事