そんなところに命中する!?

「十三 鎧のわたし七夕祭」(1859年)(『江戸名所道戯尽』より、歌川広景 画)
「十三 鎧のわたし七夕祭」(1859年)
物流の要として活躍した江戸市中の運河。そのひとつ、日本橋川の両岸には白壁も眩しい蔵が立ち並んでいました。ちなみに、こちらの絵で川岸に描かれている建物は、田辺藩牧野家の上屋敷。七夕のようで、屋根よりうんと高くたくさんの飾りをつけた青竹が風に揺れています。その下を米俵を積んだ船や、人を乗せた渡し船が進んでいるのですが、ここでハプニング発生。風にあおられ筆の形の七夕飾りが渡し船に落っこちた。しかも、あろうことか女性客の股間に命中。ドウシテコウナッタ……。

なお、この絵の背景を描くにあたり広景は師匠・広重のこちらの作品をベースにしています。

『江戸勝景 よろゐの渡し』(歌川広重 画)
『江戸勝景 よろゐの渡し』
川沿いの武家屋敷、川を行く米俵を乗せた船などが一緒ですね。だんだん気分は「間違い探し」。

ツイテない男

「十四 芝赤羽はしの雪中」(1859年)(『江戸名所道戯尽』より、歌川広景 画)
「十四 芝赤羽はしの雪中」(1859年)
どんよりとした空からしんしんと雪が降り続いています。地面にもたっぷりと雪が。江戸時代の冬は寒そうです。慎重に橋を歩いていても、この通り、スッコーン! とずっこけてしまいました。大転倒のはずみで下駄の鼻緒も切れてしまったようで、飛んでいっちゃった。そして通りがかりの男性のアゴに直撃。どんだけ運が悪いんですか、あなた。

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悪臭テロ

「十五 霞が関の眺望」(1859年)(『江戸名所道戯尽』より、歌川広景 画)
「十五 霞が関の眺望」(1859年)
遠くに江戸湾を望むここは霞が関。今では“日本の中央官界”として知られるこのエリアですが、江戸時代には武家屋敷が並んでいました。高所のため見晴らしもとってもよかったらしい。眺望抜群の霞が関ですが、今はそんな場合じゃない。なにせ馬が暴れて運んでいた堆肥をそこらじゅうにぶちまけたのだから。くっさ〜! 武士は鼻をつまんで扇であおぎ、女性たちは大急ぎで逃げています。画面から匂い立つようです(悪臭が)。

化かすもゆかい、化かされるもゆかい

「十六 王子狐火」(1859年)(『江戸名所道戯尽』より、歌川広景 画)
「十六 王子狐火」(1859年)
大名行列ごっこをしているのはたくさんのキツネたち。本物の大名行列さながら挟箱(はさみばこ)の代わりにカボチャを担ぎ、毛槍の代わりはトウモロコシをつけた長い竹。一生懸命用意したかと思うとほほえましい。そしてザルの大名駕籠に座って得意顔をしているのは、キツネに化かされた男性。どんな幻を見ているのかわかりませんが、男性もキツネたちも楽しそうなのがいいですね。

余談ですが、描かれている王子稲荷社には、大晦日の夜になると諸国からキツネが集まるといわれ、近隣の農民たちは「狐火」によって翌年の田畑の豊作・凶作を占ったんだとか。

祭りだ! 祭りだ!!

「十七 通壹丁目祇園会」(1859年)(『江戸名所道戯尽』より、歌川広景 画)
「十七 通壹丁目祇園会」(1859年)
立派なお店が立ち並ぶのは、現在、「COREDO(コレド)日本橋」のある日本橋通1丁目あたり。江戸時代には「白木屋」という有名な呉服屋さんがありました。こちらの絵でも画像右にのれんが見えます。さて、江戸の大通りをにぎやかに行くのは、毎年6月に行われた「天王祭」のお祭り男たち。神輿を担ぐ威勢のよい声が聞こえてくるようです。ちなみに天王祭は現在もにぎやかに毎年行われています。

江戸時代のDQNサムライ

「十八 浅草堀田原夜景」(1860年)(『江戸名所道戯尽』より、歌川広景 画)
「十八 浅草堀田原夜景」(1860年)
ホームレスに「よし、恵んでやろう」とでもいったのでしょう。ホームレスの男性がお椀を差し出したところ、ホームレスの目の見えないのをいいことに武士はお金の代わりになんと自分の小便をジョボジョボジョボ……。これはひどい、常軌を逸しています。隣の女性もドン引きしていますが無理もない。現代でも常軌を逸した行動をSNS、Youtubeで自慢する輩がいますが、こういう人の子孫に違いない。

明るい未来が見えません

「十九 大橋乃三ツ股」(1859年)(『江戸名所道戯尽』より、歌川広景 画)
「十九 大橋乃三ツ股」(1859年)
夏の暑い日はやっぱ、水が恋しいよね。よし、飛びこもう! ということで、大の男たちが赤フンで橋からダイブ。しかし、広景作品のお約束、やっぱり運の悪い人が登場。スイカや瓜を売る「水菓子売り」の船に赤フン男が落っこちてきました。当然、売り物のスイカはめちゃくちゃに。さらにもうひとり、空から赤フン男が! 「もうやめて!!」という悲痛な表情の水菓子屋さんには悪いのですが、バッドエンドしか想像できません。

珍客の登場でてんやわんや

「二十 道灌山虫聞」(1859年)(『江戸名所道戯尽』より、歌川広景 画)
「二十 道灌山虫聞」(1859年)
蛍が飛び交う幻想的な夜。道灌山(どうかんやま)という現在の西日暮里駅あたりにあった小高い丘で男性グループが「虫聞き」をしています。「虫聞き」というは江戸の郊外に足を伸ばし、秋の虫の鳴き声を聞く、というなんとも風流なレジャーです。男性たちも茣蓙を敷いて、酒を傾けながら美しい虫の声を楽しんでいたのですが、ここで珍客が登場。大きなヘビです(画像右下)。これにはびっくり仰天、ふんどし丸出しでひっくり返ってしまい、その拍子にせっかくのお酒もおじゃん……。風流な夜は一転、ドタバタの夜になってしまいました。これはこれで話のネタになりそうです。

大人気なさすぎる

「二十一 上野中堂二ツ堂花見」(1859年)(『江戸名所道戯尽』より、歌川広景 画)
「二十一 上野中堂二ツ堂花見」(1859年)
またまたお花見風景。場所はお花見のメッカ、上野の寛永寺。満開の桜で浮かれ気分になったのか、目隠し鬼をして遊んでいます。画像右の中年女性は、目隠しをした鬼役の男性の手から必死の逃走。必死すぎて帯がほどけちゃってます。しかもチョロっと舌まで出したこの表情が絶妙にイラっとくる。花見には人を童心に戻す力があるようです。

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