美人画の喜多川歌麿、役者絵の東洲斎写楽、森羅万象の葛飾北斎、風景画の歌川広重、奇想の歌川国芳。浮世絵にくわしくなくとも一度はその名を耳にしたことがあるだろうほど江戸時代を代表する5人の絵師。教科書などでおなじみのあの作品やこの作品がたくさんありました。そのなかでも特に印象に残った作品をいくつか紹介します。
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美人画の奥深さにうなる喜多川歌麿の世界
古今東西、古くから美人は画家たちの永遠のテーマであり、浮世絵黎明期から多くの絵師が美人画を手がけてきました。そのなかで歌麿の「美人画の大家」といわれるゆえんは、たんに美人の美しい容姿を描くのではなく、「大首絵」というバストアップ手法によって美人の感情や人生にまで迫りそれを描き出したことにあります。歌麿の美人画に登場するのは遊女や茶屋の看板娘、市井の女性たちなど職業も年齢もバラバラな女性たち。女性たちは誰ひとり同じではなくそれぞれが魅力的で生命力にあふれています。
メイクってたのしい
鏡をのぞき込んだ若い娘さんが、お歯黒の仕上がりをチェック中。「いー」という声が聞こえてきそうな顔がかわいらしくもちょっとひょうきんです。お化粧をする楽しさと、端から見たときのちょっぴり滑稽な感じがものすごくうまい。背景は「雲母摺(きらずり)」というキラキラした特別仕様になっているのですが、今でもキラキラが残っていて感動します。当時はもっと輝いていたんだろうな。
そのままポスターになる
吉原のトップ遊女×銘酒×歌麿という超豪華コラボ。タイトルの部分が盃になっているのも洒落てます。ちなみにこちらの絵で描かれている銘酒は現代でもその名を知られる伊丹の銘酒「剣菱」。大胆に余白をとり、画面の外側からまるで遊女がのぞきこんでいるような構図がおもしろい。遊女の下半身ののびやかな曲線が健康美って感じです。
背景がオシャレ!
背景に描かれたつる草模様の更紗裂(さらさぎれ)がエスニックな雰囲気をかもしています。美女が手にしている鼈甲の櫛の透明感もすばらしい。
ふてぶてしいまでの
「北国」とは吉原の異名。副題の「てつぽう(てっぽう)」とは「鉄砲女郎」と呼ばれた最下級の遊女たち。彼女たちは梅毒などに罹患している場合も多かったことから“(病気などに)当たる”として「鉄砲女郎」と呼ばれていました。遊女の華やかさとは対極の劣悪な環境で生きた女性の姿も歌麿は描いています。乱れた髪、太い首、たるんだ肢体、投げやりにも無気力にも見える表情。でもどこかふてぶてしいまでの生命力の強さも感じました。
見えない部分の妙
女性は本所にあった料理屋「千代鶴」の看板娘おりせちゃん、18歳。障子の隙間から酒をすすめる手をやんわりとかわいらしく断っています。障子の向こう側をシルエットで描いているのがおもしろいですね〜。夏仕様の薄手の着物は赤い襦袢が透けて見えて色っぽい。なにより着物がしっとりとまとわりつく脚線美の色っぽさよ。
蚊帳の透け感がすごい
蚊帳の外にいる浴衣姿の女性と蚊帳の内にいる男性。蚊帳の手触りまでが伝わってくるような彫りと摺りの技術がとにかくすごい。全体的に縦に長い構図で、シックな色合いもあって洗練した印象を受けた。あと、女性の鬢(びん/頭部の左右両側に広がった部分)を美しく形成するために使ったヘアアイテム(クジラのひげなどが材料)まで描かれているのが個人的に興味深かったです。あんまり見たことない。
意欲作
パッと見てなにか違和感。そう、着物の部分に縁取りがない。歌磨はあえてアウトラインを描かずに着物の柄と布の動きで着物とそれを包む肉体を浮かび上がらせようとしたのです。相当な意欲作ですし、成功させる自信があったことが画像左上の文言からにじんでいます。
歌麿の美人画はとにかくあたたかみを感じるんですよね。被写体に対する歌麿の愛情を感じます。歌麿、絶対モテたと思う。
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彗星のように現れ流星のように消えた謎の絵師、写楽
さてお次は東洲斎写楽。
世界的知名度を誇りながらも生没年不明、出身地不明、経歴も伝記も不明なら正体も不明という不明だらけの謎の絵師。江戸時代中期、絢爛豪華な役者絵28枚を一挙に発表し衝撃的デビューを果たした写楽。それまでの役者絵とはまったく異なる異次元の作風は賛否両論を巻き起こしましたが、わずか10ヶ月ほどで姿を消しました。
誰もが知る写楽といえばこれ!な1枚
写楽の代表作中の代表作もめちゃくちゃ近くで鑑賞できます。画面の左側からヌッと半身を出したようなポーズ、するどい眼光と引き結んだ口、極限まで絞り込まれた色味と線。やはり生で見ると迫力がすごい。
対比のおもしろさ
2人組の肖像画もデビュー作にはいくつかあるのですが、個人的に特にこの作品が好き。画像左の人物が悪役で右が善役なんですが、随所に対比がなされています。丸坊主と長髪、団子鼻と鷲鼻、どんぐり眼とつり目、パーとグー……などなど。画面全体がリズミカルで見ているととても楽しい気持ちになります。
写楽らしさ爆発
現代でいえばブロマイドである役者絵は美しくあるのが普通だった当時、写楽が描いたのがこれ。写楽の役者絵は「役者の演技や性格までも描き出そうとした」と評されますが、こちらなんてその典型でしょう。ちなみに描かれているのは、しなやかな所作から「ぐにゃ富」という愛称で人気があった初代中山富三郎。写楽は10ヶ月という短期間に145点ほどもの作品を残したのですが、有名作品はデビュー作28点に集中しています。デビュー作以降、作風がガラッと変わって個性も半減してしまいますからね……まぁわかります。
ちなみに写楽の正体については何周か回って結局、讃岐の能役者・斎藤十郎兵衛が有力なようです。
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北斎ワールドの多面性に酔いしれる
もはや説明不要の画狂老人・葛飾北斎。
主に晩年の傑作ばかりが集められていますからひたすら「北斎すごー北斎すごー」と心のなかで繰り返すだけです。特に“北斎ブルー”と呼ばれるベロ藍を使った作品が多く展示されているので、北斎の青の使い方の多様さと絶妙さにうなりっぱなしです。
藍は藍よりも青し
北斎の代表的シリーズ『富嶽三十六景』のうちの1枚。青1色だけの濃淡でこんなに情感豊かな景色が描けるものかと感嘆するしかない。岩に砕け散る波しぶきの荒々しさ、それとは対照的に霞がかかる富士山はどこまでも静謐なたたずまい。中央にいる漁師を頂点に岩場と網が描く三角形は富士山の稜線と呼応しています。北斎は幾何学を構図に潜ませるのが好きなんですよね。
流れにたわむ橋のおもしろさ
全国各地の名橋をテーマにしたシリーズ『諸国名橋奇覧』のうちの1枚。たくさんの舟をつらねて橋にした「舟橋」にはうっすら雪が積もっており、川の流れを受けて大きく湾曲しています。
水とともに生きる
たくさんの漁師たちが漁をしています。橋の向こうから流れ落ちる水、うねる水、漁師にぶつかりくだける水……刻一刻と表情を変える水の流れを北斎はシンプルかつ的確に描いています。
蛙をさがせ!
花鳥画の版画シリーズの1枚。星型のもの、花弁がぎざぎざのもの、斑点のあるものなどバラエティ豊かな朝顔が美しい。江戸時代には「変わり朝顔」と呼ばれる変化朝顔がブームになり実際にこんな朝顔がたくさんあったそう。濃淡で描き分けられた葉のどこかに雨蛙が隠れているのですが、北斎の遊び心を感じます。
アブの羽音が聞こえそう
菊の華やかさに目を奪われる1枚。花びらの重なりが生み出す立体感の表現が素晴らしいです。色あざやかな菊に誘われるようにやってきた虻の羽根がまたすごい。近くで見るとわかるのですが羽根の細かい線まで描かれており、まるで図鑑のような精密さです。北斎の観察眼の鋭さを感じます。
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広重にしか描けない演歌のような風景画
歌川広重が活躍したのは江戸時代後期。北斎と同時代といえます(北斎は活動期間がめちゃくちゃ長いのですが)。広重といえばやはり風景画。代表作の『東海道五十三次』シリーズや『名所江戸百景』シリーズには一度は誰もが見たことのあるだろう超有名作がたくさん。広重の風景画はとにかくドラマティック。場所を描く、というよりその場所に流れる時間を空気ごと切り取ったように感じます。そして雪とか雨とか夕暮れとか早朝とかそういった変化球を描くのがとにかくうまい。
ゴッホも惚れた傑作中の傑作
隅田川にかかる新大橋を歩いていたらゲリラ豪雨に見舞われた、という感じ。画面を斜めに横切る橋、降り注ぐ雨、雨に煙る対岸の景色のシルエット、それぞれが描く直線はなんだかアンバランスなのですが、それがこの悪天候とシンクロして不思議な気持ちになります。ザーという雨の音や橋を急いで渡る人々の足音が聞こえてきそうです。
ちなみにゴッホが模写したのがこちら。
さすがゴッホ。隠しきれないゴッホカラーが出ています。
広重が生み出した架空の雪景色
真っ白な雪に覆われた静寂の世界。背を丸め寒さに耐えながら歩く旅人たちも堅く口を閉ざしているでしょう。星の瞬く音すら聞こえそうな雪の夜を描いたこの景色、じつはこの蒲原という場所は現在の静岡県の清水にあった宿場で雪が降るようなところではなかったそう。
どこまでも
空すら見えないどこまでも広い丘陵。点々と生える松の木がさみしげな空気をより一層際立てています。画像左にある店の看板には「名物かしハ餅」の文字が。かしわ餅は二川宿の名物だったそう。3人の女性旅行グループもこれからかしわ餅でひと休みするところでしょうか。さみしいなかにもちょっと心温まるかしわ餅。
木がすごいことになってる
場所は現在の長野県塩沢市に位置する本山宿。休憩中だろうか、2人の木こりが焚き火をしながらのんびりおしゃべり中。空に立ち上る煙と相まってなんともゆったりとした空気ですが、画面をどーんと縦断する大木がこの作品のただならぬところ。あと地面にコロコロ落ちている松の葉がまっくろくろすけみたいでかわいらしい。
静かなスピード感
縦長の画面をこれでもかと生かした構図がまず素晴らしい。大胆に描かれた半分の満月がいかにも広重。月明かりを受けた雲も美しいんですよ。背景はとても静かなのに上空から滑空する雁はとてもスピーディ。そのギャップがおもしろい。
ちなみにこちらの作品は1949年(昭和24年)に発売された記念切手の絵柄に採用されており、今ではかなりのプレミア切手となっています。
有終の美
月光に照らされた滝の流れに添うようにハラハラと落ちる紅葉の葉。葉の最後をまるでスポットライトのように照らす満月のやさしさよ。
とにかく広重の風景画というのは心の柔らかいところに響くというか、能力があれば詩のひとつでも吟じたくなるというかそういう感情を揺さぶるものがあります。
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笑える!たぎる!萌える!見ると元気になる国芳パワー
さぁいよいよラストは幕末の浮世絵界に燦然と個性的な光を放った奇想の絵師・歌川国芳。時代を超えて見る者をあっ!と驚かせるアイデアとユーモアに満ちた作品はいつ見ても何度見ても心が弾みます。
水でみせる巨大鯉の立体感
真っ赤な子どもは金太郎。ムチムチというかムッキムキなのに顔はどこまでも無邪気。なのにでっかい鯉をむんずと掴む怪力というギャップだらけの1枚。頭上から流れ落ちる滝の水が鯉にぶつかって割れて流れる描写がものすごくうまい。画面下で踊るようにはねる水しぶきの表現がユニークです。
巨大鯉つながりでこちらもすごい。
ラスボス感ハンパない
国芳発明の3枚ぶち抜きワイドスクリーンを生かした大迫力の作品。爛々と目を光らせた巨大な鯉がぬーっと現れ、怪しげな水紋を描きます。一目瞭然のモンスター。それに立ち向かおうとするのはひとりの子ども。鬼若丸のちの弁慶です。これから始まる激闘の前の静かな緊張感がたまりません。
だんだんと
こちらも迫力のワイド画面。鬼退治にやってきた源頼光と四天王たち。彼らの目の前にいるのは今まさに鬼に変化していく酒呑童子。右手はすでに鬼と化し、顔と頭髪はじわじわと鬼化が進んでいるところ。迫り来る恐怖の時間の表現が秀逸すぎです。
ワイドにするのは横だけじゃない。縦にもワイド!
見上げるほどの高さ
高さを出したいので縦に伸ばしてみました、というのがこちら。その場にいて五重塔を見上げているような錯覚に陥ります。塔のうえにいるのは源義経の家臣・佐藤忠信、それを地上から見上げるのは僧兵・横川覚範。睨み合う両者の視線が画面中央で火花を散らします。国芳はドラマティックな瞬間を演出するのが本当にうまいです。
怖カワ系忠臣蔵
国芳の戯画のセンスとユーモアが光る作品。誰もが知る忠臣蔵の世界を化物パロにしてしまうところが最高です。画像左は物語のクライマックス、義士たちが物置小屋に隠れていた吉良上野介を発見したシーン。柱にしがみつく吉良の首がびよーんと伸びています。「忠」の文字が書かれた提灯お化けがかわいい。
着物の柄にまでこだわる
化物たちが茶店で夕涼みの真っ最中。とにかく細部へのこだわりがすごい。メニューの「天狗の玉子湯」が気になりすぎる。そして着物の柄に注目。ドクロや蜘蛛の巣、卒都婆……きわめつけは画像右端の青い化物の着物柄。「ドロドロドロ」という文字が柄になっています。おしゃれか!化物たちの足元にいる犬も一見かわいらしいのですがよく見ると人面犬で不気味です。
猫ラブの集大成
東海道の53の宿場を猫ダジャレにした超有名作。猫大好き国芳の本領発揮。これを考えている時楽しかったんだろうなと思うほどどの猫もかわいくてほほえましい。
個人的に好きなのがこちら。
宮宿のもじりで「おや」。子猫たちに乗っかかられた親猫の至福の表情がかわいすぎる。
鞠子宿のもじりで「はりこ」。張子の猫のすまし顔がたまらない。
やっぱり国芳はいいですね〜。とにかく気分が上がる。
以上。浮世絵ファンならおなじみの作品がズラッと揃った「大浮世絵展」。初めて浮世絵に触れる人にとっても浮世絵の多彩さを一挙に楽しめる展覧会になっているのでオススメですし、すでに知っている人にとってもこれだけまとめて見られる機会はなかなかないのでオススメです。やはり浮世絵は生に限る!東京のあとは福岡、愛知でも開催しますのでぜひ、ぜひ!!