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毎日が肝試し!豪胆ボーイVS妖怪軍団の30日戦争
<1作目>

『稲生物怪録(いのうもののけろく/いのうぶっかいろく)』
~あらすじ~
時は江戸時代中期。備後国三次藩(現・広島県三次市)に住む16歳の稲生平太郎少年は、友人と面白半分に肝試しをする。百物語をしたあと、草木も眠る丑三つ時に、村人も畏れる山の古塚に詣でたのだ。しかし、豪胆な平太郎少年にとって、こんな肝試しなんてことなかったもよう。だが、この行為が妖怪たちの怒りを買う。肝試しから2ヶ月後の7月、平太郎少年に不可解な出来事が起こり始める――
時は江戸時代中期。備後国三次藩(現・広島県三次市)に住む16歳の稲生平太郎少年は、友人と面白半分に肝試しをする。百物語をしたあと、草木も眠る丑三つ時に、村人も畏れる山の古塚に詣でたのだ。しかし、豪胆な平太郎少年にとって、こんな肝試しなんてことなかったもよう。だが、この行為が妖怪たちの怒りを買う。肝試しから2ヶ月後の7月、平太郎少年に不可解な出来事が起こり始める――
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巨大生首が現れた!

毛むくじゃらの一つ目大男が現れたのを皮切りに、平太郎少年のところへ、毎日、妖怪がやってきて驚かせようとします。
これは怪異が起こるようになって3日目のこと。部屋の隅から現れたのは女性の生首。しかも逆さま。美しい笑顔で怖さ倍増!
ぞわぞわと近づいてくると平太郎をペロリ。でも肝の座った平太郎少年は涼しい顔。
この少年…できる!
カニみたいな変なバケモノが現れた!

5日目。今度の刺客はカニのようなバケモノ。飛び出した目玉とウジャウジャした足がキモチワルイことこの上ない。
同席していた友人などは「このやろう」とばかりに、ほとんど正気を失うほど殺(や)る気マンマンなのだが、平太郎少年は「まあ、ちょっと落ち着きなよ」と言わんばかりの余裕ぶり。
知人の頭がパックリ割れて中から…赤子!?

10日目。平太郎少年の知り合いが訪ねてきた。話をしていたら、なんと知人の頭がパックリ。
しかもそこからワラワラと赤子が這い出してきた!
これはかなり怖い。
しかし、恐怖を感じる神経がぷつりと切れているのか、にじり寄る赤子に平太郎少年は「ほぅ」とばかりの平気の平左。どんだけ?
それにしてもこの赤子、おしりがプリプリである。
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りんごアメじゃないよ!生首だよ!

16日目。寝ている平太郎少年のところへ突然現れたのは、串刺しの真っ赤な生首。
気持ち悪い…はずが、ぱっちり大きな目でなんとなくかわいらしい。
そして、相変わらず華麗にスルーする平太郎少年。妖怪たちがこれほど毎日がんばってるんだから、どうだろう、もう少しリアクションしてあげることはできないものか。
余談ですが、この生首、ジブリアニメ『千と千尋の神隠し』に登場するこれ(かしら)に似ていると個人的感想。

画像引用元:シラバス
まだまだ怪現象は続く。
ちょっとはビックリしてくれた?

25日目の夜。庭に降りようとした平太郎少年、沓脱石(くつぬぎいし)の感触がいつもと違うことに気がついた。「おや」と思って下を見ると、それは石ではなくなんと青入道。
「あ、どうも」
「キミ、なにしてるの?」
「…あ、別に…」
お化け屋敷における不意に襲ってくるコンニャクに対するビックリくらいは青入道も期待したはず。妖怪チーム、もはや打つ手なしか…。
秘儀、ダブル攻撃!

30日目。囲炉裏の蓋がやおら開き、吹き出した灰が真っ赤なバケモノに变化。それだけでは終わらず、口からゲバゲバとミミズを吐き出す。
うへぇ。
さらに壁には巨大な顔も出現。妖怪側もダブル攻撃をしかけてきたようです。でも、見た目が怖くない、むしろカワイイ。これでは平太郎少年が怖がるはずない。
もう降参だよ~さよなら~

30日目の夜。ついに平太郎少年VS妖怪軍団による戦いに幕が降ろされます。
妖怪たちの波状攻撃にまるでダメージを受けることのなかった平太郎少年に、妖怪軍団が白旗を上げたのです。ラスボスとして登場した妖怪軍団のボス・山ン本(さんもと)五郎左衛門も平太郎少年の勇気に感服。
「キミ、すごいね。こんな肝の座った人間、はじめて見た。あ、これ、悪い妖怪をやっつけられる木槌。これあげるね」と、言って木槌をプレゼントすると妖怪軍団を従え雲のかなたに去っていったとさ。めでたしめでたし。
終わってみれば鉄壁のスルー力で妖怪軍団の攻撃を無力化し続けた平太郎少年の圧勝。
ちなみにこの『稲生物怪録』は実話だというから、昔の日本に生まれなくてああ良かった。
真偽はともかくユニークな内容は当時から話題で、江戸後期の国学者・平田篤胤(あつたね)も夢中になったひとりでした。
有名かつ人気の題材で、異本や派生本もたくさんあり、微妙に違う妖怪のタッチを比べるのもまた楽しい。
近年では水木しげる大先生が『木槌の誘い』というタイトルでコミカライズしています。

水木版の平太郎少年はなかなかいいリアクションしてくれてます。
お次の敵は狐軍団! ビビリの薩摩隼人VS化け狐、勝つのはどっち!?
<2作目>

『大石兵六物語絵巻』
~あらすじ~
時は江戸時代前期の寛永年間(1624~44)のはじめ頃。ところは薩摩国(現・鹿児島県)。人を化かして坊主頭にしてしまう――という化け狐の噂が巷に流れる。肝試しにと化け狐を探しに行ったのは、大石兵六という若侍。さて一方、狐たちも兵六がやってくるという噂を聞きつけ兵六をギャフンといわせようと様々に仕掛けてくる。はてさて勝負の行方やいかに?
ぎゃー!逃げろ~!!

狐退治にやって来た兵六の前に最初に現れた妖怪変化は「宇蛇(うじゃ)」。
その大きさにほとんど失神しそうになった兵六、見苦しく両手をあげながら一目散に逃げ出します。稲生平太郎少年の豪胆さを見習え、兵六。
それにしても狐の化けスキル、すごすぎる。
漫☆画太郎のババアじゃないよ

続いて登場は「蓑姥じょう(みのばじょう)」。長い爪で襲いかかってきます。
「く、くるな~!!」とばかりに刀を振り上げる兵六。お歯黒の歯もまばらな大きな口、乱れた白髪、飛び出した鼻毛&耳毛、なによりこのサイズ...これは確かに怖い。
モフモフだよ~怖くないからおいで~

今度はちょっと怖カワイイ系で挑む狐サイド。
モフモフでにっこにこ。
カワイイけどおっさん臭い妖怪の名は「頬紅太郎(ほおべにたろう)」。あ、名前もやっぱり可愛らしい。
だが、兵六は、驚かせている頬紅太郎が鼻白むほどにビビってます。
「く、くるな!」
兵六さん、なめちゃうわよ

次々に攻撃をしかける化け狐に兵六はほうほうの体。でも、まだまだ妖怪変化は出てくる、出てくる。
お次はいろいろと長~い女性の妖怪。顔も長い、首も長い、チロッと出た舌も長い。
兵六は日本最強といわれた薩摩藩士なのだが、あろうことか敵に背を向けて、なりふり構わず神頼みです。
「もう早く消えてください、おねがいします。ナムナムナム」
ところでこの妖怪、どっかで見たことある気がしてならなかったんですが...そうだこれだ。

吉田戦車の名作『伝染るんです。』の山崎先生(謎の生物)。似てる。ふぅ、スッキリした。
では、続きを。
兵六さ~ん、遊ぼうよう

今度はちょっと趣向を変えグループ攻撃。カラフルな子ども(?)に化けて兵六を取り囲む。
これは怖い、いや、ウザい。
兵六にまとわりつくようすは楽しそうで、なにやら母親に戯れかかる幼子のようで愛らしくもあります。
男・兵六、薩摩隼人の意地を見せる

ここまで防戦一方だった兵六に、さらなる悲劇が。なんと、和尚に化けた狐に騙され、坊主頭にされちゃったのです。これはなんとも情けない。
でも、逆転のチャンス到来。道端にいかにも怪しげな地蔵を発見した兵六がこれを捕まえると、案の定、地蔵は狐が化けたものだったのです。やった、兵六!
こうしてなんとか2匹の化け狐を捕まえ、兵六は仲間のもとへ帰ります。坊主頭になって戻ってきた兵六は「やっぱり狐に化かされちゃったよ、おれ...」とションボリ。
そんな兵六を仲間たちは「お前、よくがんばったよ」と慰め、ゴージャスな朝食をふるまってくれたんだとさ。めでたしめでたし。
『稲生物怪録』と同じく『大石兵六物語絵巻』もメジャーなタイトルだったようで、数多くの異本があり、登場する妖怪にもバリエーションがあります。こちらの妖怪もみんな個性的で楽しいですね。
お次はオナラで妖怪退治・・・・・・だと?
その発想はなかった!妖怪退治の必殺技はオナラ!?
<3作目>

『神農絵巻(神農化物退治絵巻)』
~あらすじ~
中国の伝説上の帝王のひとりにして、医薬と農業の神様「神農(しんのう)」。そんな神農のもとへ妖怪たちに妻や娘をさらわれ、田畑を荒らされたと人々が訴えにくる。涙の訴えに神農は「なんと許しがたき奴ら!ワシが退治してやる」と立ち上がり、サル、鳥、犬のお供を従え妖怪退治に出発するのであった――
目指す敵の居場所はめちゃくちゃ遠い

人々を困らせる悪行妖怪のいる島を目指す神農一行。お供は、鳥、サル、犬。
ん?どこかで聞いたことがあるパーティ。
それはさておき、船の旅は長く、なんと島まで12万3456里8町9間。だいたい50万km。
おいおい、こんなボートみたいなのでそんな超長距離移動を耐え切れるのか!?
見慣れぬ船に妖怪たち大騒ぎ

ついに妖怪たちのアジトに到着した神農一行。
が、船はあっさり妖怪たちに見つかってしまいます。
ここで神農が苦し紛れに言い放ったのは「暴風にあって流されてきちゃった☆」と、およそ神とは思えない浅はかでみえみえなウソ。
ところが、
「そうなの!?それは大変だったね。そういうことなら大王さまのところへ案内するよ」と妖怪たち。
妖怪、いいヤツらすぎるだろ!
こ、これが悪の大王か・・・・・・!

妖怪たちに案内され、神農一行は大王さまにお目通り。酒宴が始まり、神農は舞を披露します。
ちなみに異形のものたちを束ねる悪の大王は、

画像左の人物の彼。
誰がなんと言おうと悪の大王であり、決してお金持ちのおっちゃんではありません。大王の周りに侍る女性たちは、村からさらってきた娘たちでしょうか。
さぁ、戦の準備をしようじゃないか(モグモグ)

宴も終わり、神農一行は寝るための部屋に案内されました。至れり尽くせり、VIP待遇。
ただし、そもそもの目的は悪行妖怪の退治。
ということで、一行は戦の準備を始めます。なにを始めたかといえば芋や栗をパクパク、モグモグ。さらにそこからのストレッチ!?
これは...?
くらえッ!!

ついに戦いの火蓋が切って落とされました。神農たちは奇襲攻撃をかけます。
なんと、強烈なオナラビームを放つ。さっきの芋や栗は放屁のためのいわば充電。ストレッチは腸内運動の活性化。
完璧な用意に裏打ちされた放屁攻撃に妖怪たちは鼻をつまみ、目を抑え、悶ます。目にしみる系のオナラ、辛い。

逃げ惑う妖怪たちに追い打ちをかける神農(画像左)。神様だけあって放屁スタイルもなんだかスタイリッシュ。
参りました。カンベンしてください

これは強烈な一発が決まった!見るからに臭そうなオナラに妖怪たちもこの表情。
「うひゃ~、くさいよー」

あんまり悪そうに見えないどころか愛嬌のある妖怪たちなだけに、ちょっと哀れ・・・・・・。画像右の妖怪はリバースしちゃっているんでしょうか?
神農たちの奇想天外にして強烈無比な攻撃に白旗を上げた大王は、今後、人間に悪さをしないことを誓ったのでした。めでたしめでたし。
いやぁ、これまたユニークな妖怪絵巻ですね。妖怪絵巻にはユニークなものが多いですが、そのなかでも異彩を放っています。というか、江戸時代の人って、全世界が仰天するほどオナラ好きなんです。
お次は一風変わった地獄へご案内。
これは予想外。ちょっと斜め上の新しすぎる地獄
<4作目>

『別世界巻(べっせかいかん)』
耳鳥斎(にちょうさい)作/江戸時代中期
こちらは江戸時代中期につくられたと思われる珍絵巻。描かれているのは21の地獄なのですが、地獄絵図というとイメージされるオドロオドロしさは皆無。というか、なんの罪で地獄に落とされたのかという点からして理解不能。「悪行を断つため地獄の恐ろしさを描いたのだ」という作者の思いとは裏腹に、ほのぼのタッチと楽しそうに職務(?)を行う鬼たちのユニークさが相まってぜんぜん地獄っぽくありません。
たとえば上の絵。これはなんの地獄かといいますと「たばこ好きの地獄」。ヘビースモーカーは地獄行きなのか・・・・・・現代より世知辛い。
よーく見ると赤鬼がうまそうに吸っているキセルはなんと人間。生前、ヘビースモーカーだった彼は、死後、キセルとして口から煙を吐いております。これはこれで本望かもしれない。
さらに赤鬼の傍らに転がっている小物にも注目。煙草入れやキセルも人間なのだ。江戸時代のタバコ取り締まりは極めて厳しいのですが、ヘビースモーカーの末路、恐ろしや。でも、煙草入れの彼もまんざらでもない表情しています。
絶対笑わせる太鼓持ちVS絶対笑わない無機物

これは「太鼓持ちの地獄」。
太鼓持ちというのは宴席での盛り上げ役のこと。生前、愉快な芸で酒席を盛り上げた太鼓持ちたち。
地獄に落ちた今は猿回しのサルのごとく鬼に操られるわけだが、彼らが笑わせようというお客たるや、無造作にそこいらに放り投げられている羽織や刀といった無機物。
絶対に笑わないものを相手の無限のご機嫌取り、これはたしかに地獄かも。
大根役者の悲しい末路

こちらは「歌舞伎役者の地獄」。
大根役者、つまり、ちっとも“当たらない”ヘタクソな役者がリアル大根と炊き合わせにされています。これは悲惨!
順番待ちの大根役者も「あぁ、目もあてられない」という風情。
ただ、大鍋のなかでは、なぜか笑っている人も。

あと、煮込んでいる赤鬼も「最高のタイミングを逃すまいぞ」といった頑固料理人のようであり、その度を越した真剣な表情が妙に可笑しい。
のばして丸めてできあがり

今度は「飴屋の地獄」。
なぜ、飴屋だっただけで地獄に落ちねばならないのか?
とにかく、「生前、飴をのばして丸めてつくっていたなコノヤロウ」ということで、地獄に落ちた今となっては鬼たちにのばされ丸められ、あわれ“人間飴”に。
このあと美味しく食べられちゃうのだろうか...。
シュールすぎる

同じく江戸時代の人気甘味職人の地獄。これは「ところてん屋の地獄」。
寒天もね、毎日毎日、突き出されてイヤだったのかな?
青鬼に突かれる元ところてん屋のお尻のプリプリ具合が気になるところですが、なにより、ところてん突きの出口から見える顔。なんとも言えない表情と合わさってシュールすぎる。

そして、手桶からチラッと覗く順番待ちの人の顔も、かわいそカワイイ。
様式美

お次は「立花師の地獄」。立花師つまりはお花の先生も地獄堕ち。
お花は生き物、と考えれば、まぁ、わからなくもないけど・・・・・・。
立花の基本様式通りに鬼先生の手によって活けられています。芸術家だっただけあって、死してなお様式美を体現しようとする姿勢には感動すら覚えます。
特に左下、あんた、すごいよ。
あ、頭がぁ!!ゴリゴリゴリ

最後は「そば切好きの地獄」。
そば好きのなにがいけなかったんでしょうか。
ある者はそばのように綿棒でのされペラペラに、ある者は薬味のネギとして首をちょん切られる寸前、ある者はワサビ役としておろし金ですりおろされ――顔の半分はすでになし。
まさに地獄。今までで一番の阿鼻叫喚の地獄絵図ですが、やっぱりそんなに怖くないのはタッチのほのぼの感ゆえか。
このゆるカワ妖怪画の作者、耳鳥斎(にちょうさい)についてちょっとご紹介。
江戸時代後期に活躍した大坂の絵師で、知る人ぞ知る“ゆるカワ絵”の巨匠。ユーモアあふれる軽妙なタッチは一度見たら忘れられないほど個性的で、『鳥獣戯画』の作者・鳥羽僧正に私淑していたというのも頷けます。
歌舞伎役者の絵も耳鳥斎の手にかかるとこんな感じ。

『喧嘩屋五郎右衛門 浅尾為七郎 奥山』(耳鳥斎 画)
完全に四コマ漫画のキャラです、これ。手足の表現とか独創的すぎ。シンプルなのに豊かな表情は絶妙のひと言です。
さて、最後の絵巻とりました。とにかく妖怪たちが愛おしい。
人間味(?)あふれる妖怪たちの嬉し恥ずかしウェディングストーリー
<5作目>

『化物婚礼絵巻』
互いにドキッ!お見合いで運命の出会い

江戸時代の庶民の結婚はお見合いが基本。妖怪もそれは同じよう。
若い女性の妖怪(画像右)は恥ずかしそうに口元を隠し、嬉しげな視線をよこしています。その視線の先には、お相手の男性妖怪が(画像左から2番目)。
男性の方も女性に見とれすぎて、お茶をこぼしちゃってるのにも気づかない。ちなみにお見合いの場となった茶屋の名前は「うつしみ屋」。

よく見ると、茶店の茶釜は化け狸の变化!カワイイな。
結納の品にご満悦

お見合いの結果は重畳で、さっそく結納の儀式。
婿方から嫁方へ豪華な結納品が贈られます。結納の使者が自信満々に差し出すのは、丸々と太った狸。ちゃんと水引もかけられているのがおもしろい。
嫁方の妖怪もご満悦の表情を浮かべてます。背後の屏風に描かれているのが、愉快そうに踊るガイコツという芸の細かさがニクイ。
百鬼夜行?いえいえ、嫁入り行列です

トントン拍子にことは進み、いよいよ婚礼です。
おどろおどろしくも華やかな妖怪たちの行列は、白無垢姿の花嫁を載せた駕籠(画像右)を運ぶ嫁入り行列。
先導役を務める赤鬼はさすがの貫禄ですね~。駕籠を担ぐろくろ首は、よく見ると肩ではなく首で駕籠をかついでいます。長い首にはこんな有効活用方法もあるんです。
めでためでたの三々九度

さぁ、若い2人がいよいよ夫婦になる瞬間。白無垢姿の初々しい花嫁は盃を手にし、長い舌を伸ばしてお酒を飲もうとしているのがブキミかわいい。
そして相変わらず花婿は花嫁に熱視線を送ってます。とにかく見つめすぎぃ!
ちなみに2人の間にあるのは「島台(しまだい)」というもので、今でも古式ゆかしい結婚式には登場するそう。神の依代ともいわれる島台には、松竹梅や鶴亀、老夫婦などめでた尽くしの縁起物がいっぱい。
妖怪世界の縁起物も人間界と同じと見えます。

媒酌の女性妖怪の着物のデザインはバラバラのガイコツ。おしゃれ~。
ホギャ~ホギャ~

結婚式が終わったら、あっという間に赤ちゃん誕生。
超スピード展開は妖怪ならでは。「赤ちゃん」の名にふさわしく全身真っ赤な一つ目ベビーの誕生に、みんな嬉しそう。
朝日がピカ-、妖怪がニゲロ~

さっき生まれた赤ちゃんも、次のシーンではもうお宮参り。
すくすく育つ赤ちゃんのお祝いに浮かれていると、朝日が昇り始めます。まばゆい朝の光から身を隠すように、妖怪たちは一目散に逃げ出し、物語も幕を下ろします。
お見合いから婚礼、出産、お宮参りまで、すべてはなんと一晩の出来事だったというオチにびっくり。
いや~、妖怪のウェディングストーリーとはまた斬新。しかも人間界と変わらない妖怪たちの姿になんだか親近感を抱いてしまいます。
こうした「化物の嫁入り」というユニークなテーマは昔の人々にウケたようで、江戸時代から明治時代には絵巻のほか、錦絵や本などさまざまな形で出版されたんだそうです。
江戸時代の妖怪絵巻、いかがだったでしょうか? 怖い、というよりなんだかとってもカワイイですよね。江戸時代にはほかにもユニークな妖怪がたくさんいるので、またの機会に。

「まったね~」
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パンツを着用しない時代、女性の下着はどんなもの?
1963年(昭和38年)昭和の女性が、洋装で銀ブラ。和装から洋装への大転換は日本文化にとって大事件でした。[fluct device=PC num=0][fluct device=SP num=0]さて江戸時代、男性の下着は安定のふんどしですね。女性たちは下着としてどのようなものを使用していたかといいますと、それがこれ。
(『水鶏にだまされて』石川豊信 画)「湯文字(ゆもじ)」と呼ばれる四角い布です。今でいう「腰巻(こしまき)」。ヒモがついており、巻きスカートのように腰に巻きつけて使用しました。長さは膝より少し下くらいまで。うっかり裾がペラリと開くと陰部が見えてしまうので、そんなことがないよう下着の4ヵ所にはおもりが入っていたとか。素材は木綿で、色は白もしくは緋色。年配女性は浅黄(あさぎ)色が多かったそうです。さらに、湯文字の上に「蹴出(けだし)」というものを着用しました。「裾よけ」ともいいます。これは今でいう「ペチコート」で、歩く際に湯文字がチラ見えするのを防いだり、着物の裾さばきをよくするために使用されました。長さは湯文字より長く、足首までありました。湯文字と異なり蹴出は「見せ下着」、むしろ見られることを意識した下着のため華やかな柄の布が使われ、女性の足元をより色っぽく見せるのに一役買っていました。
(『浮世名異女図会(うきよめいしょずえ)』「江戸町芸者」歌川国貞 画)美しい芸者の足元を見ると緋色の蹴出がチラ見え。足の白さと赤い下着の組み合わせの色っぽさ。ちなみに農村部などでは湯文字を使用することもなく完全に「ノー下着」だったそうです。ですので、作業中に「よっこいしょ」と腰をかがめたりすると陰部が丸見えになる、というのは、農村によくあるのどかな風景でした。
江戸時代からナプキン派、タンポン派にわかれていた!?
パンツを着用しなかった時代。ふと頭に浮かぶ疑問は「江戸時代の女性たちは、生理のときどのように処理していたのか?」。現代にあるナプキンやタンポンといった便利な生理用品。ナプキンの原型ともいえる「アンネナプキン」が発売されたのは、わずか50年前、昭和38年(1961年)のことでした。お年寄りが生理のことを「アンネの日」というのはこれに由来しています。
「アンネナプキン」発売の広告。キャッチフレーズ「40年間お待たせしました!」は、アメリカで使い捨てナプキンが発売されてそれに遅れること40年にしてついに発売、ということを意味しています。[fluct device=PC num=1][fluct device=SP num=1]さて、ナプキンなどがない江戸時代、女性は生理になると前垂れのあるふんどし状の布で押さえていたそうです。これは見た目が馬の顔に似ていることから「お馬」とも呼ばれていました。この「お馬」のなかに再生紙やボロ布を折りたたんだものを入れ、陰部にあてがってナプキンのようにして使用しました。布は洗って何度も使ったとか。また、再生紙や布を丸めて膣に詰め込んだりすることもあったそうです。今でいうタンポンみたいな感じですね。再生紙や布を使うのは都市部のこと。農村部では綿など柔らかな植物を陰部にあてがったり、膣に詰め込んだりしていたといわれています。また、生理期間中は血による“穢れ(けがれ)”を忌み、家族と接しないよう「月経小屋」と呼ばれる場所で生活したとか。ちなみに、これは確認しようがないので定かではありませんが、一説には、江戸時代の女性たちは現代女性に比べインナーマッスルが発達していたため、経血を膣内にためておいて用をたす際に排泄したとも。今風にいうと「経血コントロール」で、そのため簡易な生理用品でも大丈夫だったとか。そもそも経血の量そのものが少なかったという説もあります(諸説あります)。いかんせん生理に関する資料が少ないので確かなことはわかりませんが、現在のような生理用品がなくともなんとかなっていたことだけは確かです。