江戸ブログの記事をYouTubeに引っ越しました!
チャンネル登録をお願いします!
常設展示も充実している國學院大學博物館
表参道駅から徒歩15分。閑静な場所にある國學院大学渋谷キャンパス。オシャレなエリアにあるだけに大学もとってもきれいでまずびっくり。
國學院大學博物館は構内のちょっと外れたところにある建物で、企画展のほか常設展示「考古ゾーン」「神道ゾーン」「校史ゾーン」があります。もちろん無料。
だがしかし、大学付属の博物館とは思えないほど凝った展示がされていて、展示物も盛りだくさんでここだけでもものすごく楽しい。特に「考古ゾーン」は圧倒されるほどの土器や石器があり歴史好きなら絶対興奮します。

國學院大學博物館の外観。写真でもわかるようにめちゃくちゃきれい。
スポンサーリンク
まさかの無料!まさかの撮影OKな企画展
さて、今回訪れたのは『浮世絵ガールズ・コレクション』という、いかにも楽しげな企画展。2019年6月29日から8月25日まで開催で、國學院大學博物館が新収蔵した浮世絵コレクションを初公開! とのこと。

企画展のポスター。ポップでかわいい。
展示スペースはコンパクトながら、とても見やすい展示がされているうえ、さすが大学の博物館というべきか解説がものすごくわかりやすい。
展示は第1章「3つのキーワードで知る!浮世絵」、第2章「江戸の美少女」、第3章「明治のおきゃん」の3章構成だったのですが、第1章で浮世絵初心者でも入りやすいよう、浮世絵の剃り方や浮世絵の見方といったファーストステップ解説もちゃんとしてくれていて感動しました。

展示作品とリンクした解説で親切さがものすごい。
入って2歩目くらいで感動していたのですが、(これで無料……)と思い出しさらに感動しました。
しかも、ほとんどの博物館や美術館が撮影NGのなかまさかの撮影OK(ただし個人利用に限る)。普通、スマホを取り出すだけで注意されるのが当たり前なのに、静かな館内にシャッター音を響かせてしまう背徳感といったらない。OKと書かれていても誰かに注意されるのではとビクビクしてしまった(笑)。

生で見る美人画はやはり素晴らしい!と思いながらシャッターを切る。
美人画といえば女性たちのヘアスタイルも見どころのひとつなのですが、江戸時代の女性の髪型は多種多様でとても複雑。そこについてもちゃんと解説してくれているので本当にありがたい。しかも、江戸時代の笄(こうがい)や簪(かんざし)まで(参考までに……)と横に展示されているという心憎いばかりの親切展示。



展示された美人画の上には描かれた美女の髪型解説が掲示されてます。さらに本物の笄と簪も。その大きさと美しさ存在感にびっくり。
スポンサーリンク
粋な江戸美女ぞろいの第2章
第2章のテーマは「江戸の美少女」。ダイナミックな武者絵やかわいい猫の絵で人気の高い“奇想の絵師”歌川国芳の美人画がずらりと並びます。国芳の美人画がこんなにまとめて見られるのはなかなか珍しい(たぶん)。
取り上げられているのは『山海愛度図会(さんかいめでたいずえ)』という1852年(嘉永5年)に出版された国芳の美人画シリーズ。小さなコマ絵には日本各地の名産品が描かれ、メインの美女は副題の「〜たい」に沿って描かれたいろいろな年齢、職業、階層の女性たち。
女性たちは国芳が手がけ、コマ絵は国芳の弟子が手がけるという師弟コラボになっているのも本シリーズの特徴。なかには国芳の娘が描いたコマ絵もあります。葛飾北斎といい河鍋暁斎といい、天才絵師たちが自分の娘とコラボしがちなの微笑ましい。
展示作品のうち、特にグッときた作品をいくつかご紹介。
「〜たい」という副題のつけ方もユーモアとセンスがたっぷりなので注目ポイントです。
セクハラお獅子

『山海愛度図会 はやくにげたい』(歌川国芳 画/1852年)
お正月のお獅子がおめかししたかわいい女の子にグイグイ迫っています。少女は「やめてよ!」とばかりに手にした羽子板でガードしてます。
お獅子の斜め上方向から“ぬっ”と出てくる感じが絶妙です。ちなみに、コマ絵に描かれているのは、葛西の海苔漁のようすです。ほのぼの。
ん〜目にしみる〜

『山海愛度図会 けむつたい』(歌川国芳 画/1852年)
描かれているのは町屋の女性。大きな腕を手になにかを注ぐとしているところですが、とにかく煙がすごくてしかめっつら。なのにちょっと可愛らしく見えるのは口元のせい?
ついでに自作の宣伝も

『山海愛度図会 つづきがよみたい』(歌川国芳 画/1852年)
話題の連続小説(合巻)を手にする女性はよほど面白いのか、読んでる途中に放心気味。読みながら続きが気になるその気持ちよくわかります。
ちなみに女性が持っている本はじつは国芳が挿絵を手がけている実在の本。自分の美人画で自作の宣伝をしているのです。
花より美しい

『山海愛度図会 花をごらんあそばしたい』(歌川国芳 画/1852年)
豪華な簪が目を引く美少女は武家のお姫さま。女中をお供に花見見物にやってきたところです。そわそわワクワクしている表情が初々しくて可憐です。
願うのはなに?

『山海愛度図会 おたのみ申たい』(歌川国芳 画/1852年)
チャリーンとお賽銭を入れて熱心に願い事をする女性。後れ毛が色っぽいです。
後ろ姿にも余念がない

『山海愛度図会 くせが直したい』(歌川国芳 画/1852年)
合わせ鏡を使って襟元のおしろいの仕上がり具合をチェック中。その表情を見るに満足のいく仕上がりだったようです。
ちなみに会場には体験コーナーがあって江戸時代の本物の鏡をのぞき込むことができます。予想以上にクリアに写り、びっくり。

こういう体験コーナーがある展覧会って新鮮ですし、浮世絵に描かれているものをリアルに感じられてとても素晴らしいと思います。
新しい時代を生きる明治の美人たち
第3章のテーマは「明治のおきゃん」。江戸時代から明治時代へ、大きく時代が変わり人々の生活も一変しました。西洋文化の影響もあり女性たちのファッションや生き方も激変。その姿は浮世絵に描かれた女性たちからもうかがえます。
本展では幕末から明治を代表する3人の絵師、月岡芳年、豊原国周(読み:くにちか)、揚州周延(読み:ようしゅうちかのぶ)の作品が取り上げられていました。明治になると化学染料が普及したため、どの作品もビビッドな色合いがまぶしく、新時代の到来を画面からも感じました。
まずは豊原国周の『開花人情鏡(かいかにんじょうかがみ)』という美人画シリーズ。文明開化期の女性風俗をテーマにしたシリーズで、江戸時代の残り香が色濃く漂いつつ写真機など西洋文明を象徴するような小道具が登場しているのが特徴です。
明治のカメラ女子

『開花人情鏡 写真』(豊原国周 画/1878年)
キリッとした表情の美女の前にあるのは写真機。つまりカメラ。当時のカメラは「木製暗箱」と呼ばれていたとか。現代のカメラと異なり露出にとても時間がかかるため、撮影中はじっとしていなければならず忍耐力を試されたそう。
背景の赤がものすごくビビッドですね。これは「洋赤」と呼ばれた化学染料で明治時代を象徴するような色です。

実際の展示のようすはこんな感じ。新品かと思うほど発色がよくて感動します。
お次は“最後の浮世絵師”月岡芳年による『東京自慢十二ヶ月』。四季折々の東京の名所と当時人気の芸妓を組み合わせた美人画シリーズです。芳年といえば“血まみれ芳年”の異名でも知られるような武者絵や残酷絵、幻想的な妖怪などの絵が有名ですが、華やかな美人画もとてもすばらしい。
浴衣のかわいさがヤバい

『東京自慢十二ヶ月 六月 入谷の朝顔 新ばし 福助』(月岡芳年 画/1880年)
現在でも「朝顔まつり」でにぎわう入谷は、明治初期に入谷の植木屋が朝顔の栽培を始めたことから朝顔の名所となりました。その入谷で大輪の花を咲かせる朝顔の鉢を抱えるのは、新橋の美人芸妓・福助。あだっぽい色気がたまりません。なのに猫柄の浴衣がめちゃくちゃカワイイ! 明治のギャップ萌えです。
まぁ、怖いわぁ

『東京自慢十二ヶ月 七月 廓の燈篭 仲の町 小とみ』(月岡芳年 画/1880年)
吉原遊郭での燈篭イベントとそれを楽しむ美女。燈篭に描かれた昔話「舌切り雀」のクライマックスシーンに驚く表情にときめきます。燈篭の灯りが着物に映ってピンク色に染まっている表現に西洋絵画の影響を感じます。
余談ですが、後年、芳年は妖怪画集『新形三十六怪撰』のなかでも「舌切り雀」のクライマックスシーンを描いてます。こちら。

『おもゐつゝら』(月岡芳年 画/1892年)
2つを比べるととてもよく似ていますね。
『東京自慢〜』のほうではまん丸目玉だった葛篭(つづら)が『新形三十六怪撰』ではタレ目になっていたり、新たにカタツムリみたいな妖怪が増えてたり違いを比べるのも楽しいですね。それにしてもお婆さんコエェ……。
お次は揚州周延による『現世佳人集』(1890年)。周延は徳川将軍家をテーマにした『千代田の御表』や大奥のようすを描いた『千代田の大奥』など懐古的な作品でよく知られる絵師です。
『現世佳人集』は“明治時代中期の理想の美人”としてさまざまな職種や立場の女性9人を描いたもの。まずはこちらをご覧ください。

『現世佳人集』(揚州周延 画/1890年)
右下から「権妻」「紳士夫人」「教師」「貴顕夫人」「女官」「貴顕令嬢」「学校生徒」「紳士令女」「芸妓」と並んでいます。洋装の女性がいるのが目を引きます。当時、女性教師は新しい職業として女の子たちの憧れだったんだとか。多様化する女性の生き方が美しく描かれています。
さて今度は明治期の少女たちの夢や憧れを反映させた『幻燈写心競(げんとうしゃしんくらべ)』というシリーズ。こちらも揚州周延の作品です。
丸窓のようなところに描かれるのは当時の女性たちの夢や憧れ。メインに描かれた女性が空想しているかのような表現方法がユニークです。
海水浴ってどんなものかしら?

『幻燈写心競 海水浴』(揚州周延 画/1890年)
たらいの水で体を拭きながら女性が夢想するのは当時まだ新しかった海水浴。傘(帽子?)を手ぬぐいで固定しながら泳いでいるのが興味深いですね。あと、女性の背後にある豪華な金魚鉢のなかですいすい泳ぐ金魚の丸っこいフォルムがかわいすぎます。
行ってみたいな海外へ

『幻燈写心競 洋行』(揚州周延 画/1890年)
洋装にぱっつん前髪のモダンな少女がイスに腰かけています。テーブルの上には洋書らしき本も。西洋文化に憧れる少女の夢は海外渡航のようです。
本展ではこちらの絵の参考資料として、国学院大學の母体である皇典講究所で実際に使われていた明治時代の西洋風イスが展示されていました。

保存状態のいいイスで見るからにゴージャス⭐︎ 現代人の目から見ても十二分にステキでした。
最後はメディアミックスと美人画。
こちらは豊原国周による『東京自慢名物会(とうきょうじまんめいぶつえ)』(1896〜97年)という全100枚を超える大作。
上段に東京の名店案内、下段右下に人気芸者、下段左下には関根竹二郎によるデザイン集が配されるという豪華詰め合わせ。名店コーナーには住所や電話番号も書かれているので、単なる鑑賞用ではなく広告としての役割もあったようです。
女の子がかわいい

『東京自慢名物会』「三遊亭遊三」「ビラ辰」「鰻蒲焼 田所町 和田平」「よし町 ききょう家よし子 佐藤よし」「見立模様大伝馬町之織物」
和田平は江戸時代から続くうなぎの名店だそう。絵手紙っぽいタッチで味があります。芸者のよし子ちゃんが現代人の目から見てもものすごくかわいいです。
パッケージがオシャレ

『東京自慢名物会』「古今亭今輔」「ビラ辰」「酒悦本店 福神漬」「下谷すき屋町 竹松葉屋つる松 大高すず」「見立模様不忍弁天染」
酒悦本店は上野に今もある老舗のお漬物屋さん。福神漬って明治時代にもあったんですね。そしてパッケージがレトロかわいくてシャレてる! ちなみに現在のパッケージはこんな感じ。

画像引用元:酒悦
左下のデザイン画のところは酒悦本店のある上野にちなんで不忍池の蓮。幾何学模様とパステルカラーの組み合わせでモダンなデザインが素敵です。
以上です!
出口のところには美人コンテストの投票所があるので、お気に入りの浮世絵ガールに一票を投じることができます。最後まで楽しい展覧会でした。
2019年8月25日まで開催していますので、ぜひぜひ!本当にオススメです!
江戸ブログの記事をYouTubeに引っ越しました!チャンネル登録をお願いします!
パンツを着用しない時代、女性の下着はどんなもの?
1963年(昭和38年)昭和の女性が、洋装で銀ブラ。和装から洋装への大転換は日本文化にとって大事件でした。[fluct device=PC num=0][fluct device=SP num=0]さて江戸時代、男性の下着は安定のふんどしですね。女性たちは下着としてどのようなものを使用していたかといいますと、それがこれ。
(『水鶏にだまされて』石川豊信 画)「湯文字(ゆもじ)」と呼ばれる四角い布です。今でいう「腰巻(こしまき)」。ヒモがついており、巻きスカートのように腰に巻きつけて使用しました。長さは膝より少し下くらいまで。うっかり裾がペラリと開くと陰部が見えてしまうので、そんなことがないよう下着の4ヵ所にはおもりが入っていたとか。素材は木綿で、色は白もしくは緋色。年配女性は浅黄(あさぎ)色が多かったそうです。さらに、湯文字の上に「蹴出(けだし)」というものを着用しました。「裾よけ」ともいいます。これは今でいう「ペチコート」で、歩く際に湯文字がチラ見えするのを防いだり、着物の裾さばきをよくするために使用されました。長さは湯文字より長く、足首までありました。湯文字と異なり蹴出は「見せ下着」、むしろ見られることを意識した下着のため華やかな柄の布が使われ、女性の足元をより色っぽく見せるのに一役買っていました。
(『浮世名異女図会(うきよめいしょずえ)』「江戸町芸者」歌川国貞 画)美しい芸者の足元を見ると緋色の蹴出がチラ見え。足の白さと赤い下着の組み合わせの色っぽさ。ちなみに農村部などでは湯文字を使用することもなく完全に「ノー下着」だったそうです。ですので、作業中に「よっこいしょ」と腰をかがめたりすると陰部が丸見えになる、というのは、農村によくあるのどかな風景でした。
江戸時代からナプキン派、タンポン派にわかれていた!?
パンツを着用しなかった時代。ふと頭に浮かぶ疑問は「江戸時代の女性たちは、生理のときどのように処理していたのか?」。現代にあるナプキンやタンポンといった便利な生理用品。ナプキンの原型ともいえる「アンネナプキン」が発売されたのは、わずか50年前、昭和38年(1961年)のことでした。お年寄りが生理のことを「アンネの日」というのはこれに由来しています。
「アンネナプキン」発売の広告。キャッチフレーズ「40年間お待たせしました!」は、アメリカで使い捨てナプキンが発売されてそれに遅れること40年にしてついに発売、ということを意味しています。[fluct device=PC num=1][fluct device=SP num=1]さて、ナプキンなどがない江戸時代、女性は生理になると前垂れのあるふんどし状の布で押さえていたそうです。これは見た目が馬の顔に似ていることから「お馬」とも呼ばれていました。この「お馬」のなかに再生紙やボロ布を折りたたんだものを入れ、陰部にあてがってナプキンのようにして使用しました。布は洗って何度も使ったとか。また、再生紙や布を丸めて膣に詰め込んだりすることもあったそうです。今でいうタンポンみたいな感じですね。再生紙や布を使うのは都市部のこと。農村部では綿など柔らかな植物を陰部にあてがったり、膣に詰め込んだりしていたといわれています。また、生理期間中は血による“穢れ(けがれ)”を忌み、家族と接しないよう「月経小屋」と呼ばれる場所で生活したとか。ちなみに、これは確認しようがないので定かではありませんが、一説には、江戸時代の女性たちは現代女性に比べインナーマッスルが発達していたため、経血を膣内にためておいて用をたす際に排泄したとも。今風にいうと「経血コントロール」で、そのため簡易な生理用品でも大丈夫だったとか。そもそも経血の量そのものが少なかったという説もあります(諸説あります)。いかんせん生理に関する資料が少ないので確かなことはわかりませんが、現在のような生理用品がなくともなんとかなっていたことだけは確かです。