鳴き声と姿の美しさから大流行したペット、小鳥
美しい鳴き声で人々を魅了したペットといえば虫のほか小鳥も大人気でした。
日本で鳥がペットとして飼われるようになった歴史は古く、平安時代貴族たちも“ぜいたくな趣味”として小鳥を飼ったそう。小鳥をペットとして飼う趣味は室町時代になると武士たちの間にも広まり、“泰平の世”となった江戸時代には庶民にまで小鳥の飼育が広まり、小鳥ブームが巻き起こりました。
江戸時代、人々が「そうだ、小鳥を飼おう!」と思い立ったら小鳥の入手方法は主に次の3パターン。
など。
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現在、鳥獣保護法により野鳥の捕獲が禁止されている(一部例外あり)ので、「自分で捕獲した野鳥をペットにする」というのはできませんが、江戸時代にはノープロブレム。
そして、江戸時代にはペット用の小鳥を専門に売るペットショップ「鳥屋」が誕生したことも見逃せません。現代人のように江戸時代の人々もペットショップでペットの小鳥を購入していたんです。
こちらは鳥屋のようす。店先には多種多様な小鳥が入った鳥籠がたくさん並べらています。画像中央の男性は店員でしょうか。お客と商談しながら、すり鉢でエサをつくっているようです。道では飼い犬を散歩中の男性に野良犬が吠えています。
鳥屋で売られていた小鳥にはどんな種類があったかというと――
- ウグイス、ウズラ、メジロ、コマドリ、ウソなど古くから日本にいる野鳥(和鳥)
- インコ、オウムなど海外から輸入されてきた洋鳥
- ブンチョウ、カナリアなど江戸時代以前に日本に輸入され国内で養殖・繁殖されるようになった小鳥
- ジュウシマツなど愛鳥家によって品種改良された小鳥
今と変わらぬバラエティ豊かな小鳥たちがペットとして流通していたんですね~。
江戸時代、小鳥をペットとして飼育することは「飼い鳥」といわれ、小鳥飼育専門書の出版や飼育技術の発達・普及により庶民にまで広まり、庶民文化が花開いた江戸時代後期の文化・文政期(1804~48年)に小鳥の飼育は大ブームとなりました。
十代将軍・徳川家治(いえはる)や十一代将軍・家斉(いえなり)も小鳥の愛らしさに魅了され、江戸城内でウグイスを飼育していたんだとか。
小鳥に魅了された有名人といえば、スペクタクル伝奇小説『南総里見八犬伝』の作者・曲亭馬琴は小鳥飼育へのハマりっぷりが尋常じゃありませんでした。
馬琴先生が47歳の頃のこと、すでに人気作家として多忙の日々を送っていたところに『八犬伝』の執筆も重なり、精神的にも肉体的にも疲労困憊もうボロボロな状態だったそう。
そんな時にふと思い立ったのが、
「小鳥でも飼ったら生活変わるかな……」
そこで1羽のウソを手に入れ、書斎の窓に鳥籠をかけたところ、これがとってもイイ感じ。
もともと子どもの頃から小鳥が好きだったうえ凝り性だった馬琴先生、これをきっかけに小鳥の飼育にどっぷりハマってしまいます。
「あの色の小鳥もいいな、よし飼おう」「あ、あの小鳥の姿はすばらしい、よし飼おう」「うーむ、この鳥は鳴き声がたまらんな、よし飼おう」などとしているうちに小鳥の数は増え続け、ピーク時には100羽以上の小鳥を飼育していたんだそう。完全にやりすぎ。
しかも、すべての小鳥に関して購入日、費用、飼育に関するアレコレを事細かに日記に書き残しているからスゴイ。
しかし、さすがにこれだけの小鳥が家にいると創作活動にも支障が出てきたのか、はたまた飽きてしまったのか馬琴先生は飼っていた小鳥の大半を空に解き放ってしまいます。
現代でこんなことしたら週刊誌に「あの超人気作家、大量の小鳥を飼育放棄!無責任すぎる実態に迫る」なんて書かれて大バッシングされそうです。
とはいえ、小鳥の飼育を完全にやめてしまったわけではなく、その後も数羽をずっと飼い続けたとか。
また、馬琴先生は作家らしく鳥関係の著述も残しています。
たとえば、知人で江戸時代のベストセラー『北越雪譜』の作者・鈴木牧之(ぼくし)にあてて懇切丁寧にカナリアの飼い方を書いた手紙は現存するカナリア文献の第一号ともいわれています。
また、滝沢馬琴が解説を書き、養子で画家の渥美赫洲(あつみかくしゅう)が美麗なイラストを手がけた『禽鏡(きんきょう)』というタイトルの鳥図鑑もあります。これは江戸時代の鳥文化を知る重要な資料となっています。
このように将軍から人気作家、庶民までさまざまな人々が小鳥の飼育にハマったわけですが、小鳥の大きな魅力のひとつはやはり美しい鳴き声でしょう。
江戸時代、愛鳥家たちの間では「小鳥合せ(ことりあわせ)」「鳴き合せ」という小鳥の鳴き声や姿の美しさを競い合うイベントが大流行し、大勢の観客を集めました。
特に「ホーホケキョ」の鳴き声でおなじみのウグイスと、ウズラの「小鳥合せ」は人気が高かったそう。今だとウズラはどちらかというと“食用”のイメージが強いですが、江戸時代には声の美しさから大人気ペットでした。