野良犬が町中をウロついていた江戸時代


さて、お次はワンコ。

犬は“人間と最初に暮らし始めた動物”といわれ、日本でも縄文時代の遺跡から丁寧に埋葬された犬の骨が出土しています。一緒に狩りをしたりしたんでしょうか。

現在、町中で野良犬を見かけることはまずありませんが、江戸時代には大都市・江戸でも野良犬がウロチョロしていました。

「伊勢屋 稲荷に 犬の糞(くそ)」

なんて、流行り言葉があったそうですが、これは江戸に多いベスト3を表現したもの。

「伊勢屋」の看板を掲げた上方商人の店と江戸っ子が信仰するお稲荷さん、それと犬の糞があちこちにあった、ということ。それだけ名前もない野良犬が野放図に歩き回っていたわけです。

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前述したように猫は首輪をしヒモで繋がれるほど大切にされていましたが、犬をヒモでつないで飼うという習慣が当時はまだ一般的でなく、神社の軒下などを寝場所に市中をうろつき、時には人に嚙みつくこともありました。

赤ん坊が犬にかみ殺される、なんて悲惨な事件まであったとか。なので、江戸時代の人々にとって犬のイメージは「吠えるし噛むし厄介な動物」と、どちらかといえばあまりよくありませんでした。

茶屋で休憩中の人の食事を野良犬がパクリ(『東京名所三十六戯撰 目黒』昇斎一景 画)
茶屋で休憩中の人の食事を野良犬がパクリ。野良犬はどうやら母親のようで足元には子犬もチョロチョロ(『東京名所三十六戯撰 目黒』昇斎一景 画)
しかし、ひとりの犬大好き将軍の登場をきっかけに、マイナスイメージの強かった犬のイメージが激変します。



その将軍とは“犬公方(いぬくぼう)”のあだ名でおなじみのこの方。


徳川綱吉の肖像画

そう、五代将軍徳川綱吉です。

綱吉といえば悪名高き「生類憐みの令」を出したことで有名です。

そのなかで綱吉は、犬対策を特に重点的に行いました。その理由は、大の犬好きだったから。ではなく、江戸で野良犬問題が深刻になっていたためです(まあ、犬好きというのもあったでしょうが)。

犬に関する法令が数々出されましたが、なんといっても目玉は野良犬を保護するためにつくった巨大な犬小屋ですが、その空前の規模たるや、東京ドーム20個分(約30万坪)

そんな超巨大犬小屋があったのは、今の東京都にある中野駅からお隣の高円寺駅近くあたりで、そこに8万匹とも10万匹ともいわれる野良犬が保護され、江戸市民の血税によって飼育されました。

中野の犬小屋跡(犬屋敷) 地図

これにより江戸市中にウロつく野良犬は激減したのです。江戸っ子、大歓喜。

また、綱吉が犬を保護したことにより「犬を食べちゃダメ」ということが暗黙の了解となりました。現代人からするとかなり衝撃的ですが、日本でも江戸時代前期までは長らく犬が食用とされていたんです(犬食)。大名たちの代表的な趣味である鷹狩に使う鷹のエサとしても犬の肉がよく使われていたとか。

とまぁ、綱吉の「生類憐みの令」をきっかけに犬に対する人々の意識が大きく変わっていったのです。

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