鱧(ハモ)に鮎ーー夏を感じる魚たち


鰻人気に沸く江戸の夏に対し、上方の夏に欠かせないのが鱧。大坂の天神祭、京の祇園祭でも鱧は特別なメニューとして人々の舌を楽しませました。

湯びきの鱧
高級魚として知られる鱧は夏の味覚として現代でも関西で大人気。湯びきの鱧、おいしい。
東日本の人々にはなじみの薄い鱧ですが、日本人が鱧を食べるようになったのは縄文時代までさかのぼることができるといいますから、かなり縁が深い魚です。

鱧が上方で愛されるようになった理由は鱧のヒジョーに強い生命力にあるのだとか。海のない京では魚をよそから運んでこなければいけませんが、暑い夏の時期ともなればたいがいの魚は傷んでしまいます。ところが生命力の強い鱧は夏場でも生きたまま京まで運ぶことができました。そんなこんなで京の夏に鱧は欠かせないものになったそうな。

鱧は小骨が多い魚。そこで京の料理人たちが編み出した必殺技が「骨切り」というテクニックです。これは、皮付きの身一寸(約3センチ)に24〜26もの包丁を入れる超絶技法で、これにより食べやすくなったことで鱧の人気は急上昇。江戸時代後期には『豆腐百珍』をはじめひとつの食材で100種類以上のレシピを紹介する『◯◯百珍』なる料理本が大ブームになったのですが、鱧をテーマにした『鱧百珍』『海鰻(はむ)百珍』という鱧料理レシピ本も出版されました(ただし京坂限定だったもよう)。

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また、上方では“初夏を告げる魚”として若鮎も大人気でした。

『魚づくし』より「鮎」(歌川広重 画)
『魚づくし』より「鮎」歌川広重 画
淡白な味わいながら高い香りと美しい姿をした鮎はいかにも京好みで、古くから高級魚として重宝されていたそうです。
鱧は食べなかった江戸っ子も鮎は賞味したようで、江戸へは多摩川で獲れた鮎が運ばれました。頭に鮎の入った籠を乗せた「鮎売」の若い女性が独特な鮎唄を口ずさみながら鮎を売り歩く姿は夏の風物詩でした。

鮎売は江戸時代の女性のポピュラーな仕事(『花容女職人鑑』より)
「鮎売」は女性の仕事としてかなりポピュラーだったらしい(『花容女職人鑑』より)
さて、鮎料理の筆頭といえば「塩焼きwith蓼酢(たでず)」だと思いますが、これは江戸時代も同じ。しかし江戸時代には鮎料理のバリエーションもかなりあったようで、江戸時代前期の料理本『料理物語』(1643年刊)には「なます、さしみ、すし、かまぼこ、うるか(内臓の塩漬け)」などさまざまな鮎レシピが紹介されています。

そのほか、冬のイメージのある「どじょう汁」や「鯨汁」なんかも夏のスタミナ食として人気があったそうです。あ、鯨は魚じゃないですが。

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