江戸時代には3種類のお金があった!? 今とは違う意外なお金事情とは【円にも換算】

円が導入される前の時代、人々はどのようなお金を使っていたのでしょうか?また、当時の食べ物や給料などを円に換算してみました。

大金持ち商人・紀文が吉原で豪遊する様子(『紀文大尽』部分 豊原国周 画)
元禄時代の大金持ち商人・紀文が吉原で豪遊している、の図。まいているのは豆ではなく小判!(『紀文大尽』部分 豊原国周 画)

全国統一のお金は江戸時代からスタート


江戸時代の人々は、金、銀、銭(ぜに)の3種類の貨幣を使っていました(三貨制度)。

この制度をスタートさせたのは江戸に幕府を開いたこの方、

徳川家康の肖像画

神君・徳川家康

「天下統一がなった今、今度はお金も全国統一するぞ」

ということで、まず幕府によって全国の主要な金山、銀山を直轄地にすると、幕府主導で金貨と銀貨をつくりました。

ちなみに、徳川幕府以前の政府(鎌倉幕府など)は政府主導でお金をつくっていません。なので、これは日本の歴史上初の大事業。

家康の前に天下の覇者となった豊臣秀吉も金貨をつくっていますが、あくまで褒賞や贈答用であり実用化はされませんでした。

さらに、三代将軍・家光の時に銭貨もつくるようになりお金が金、銀、銭の3種類となりました。

江戸時代より前にももちろん貨幣はありましたが、中国から輸入されたものだったとか。有名な「永楽通宝」なんかがそれです。

永楽通宝
中国の明時代につくられ日本に輸入された永楽通宝。室町時代から江戸時代初期まで長らく使われました
日本で使っていたお金が輸入品だったなんて驚きですね。

徳川幕府は永楽通宝のように国内で流通していた輸入のお金を回収し、長い年月をかけて国産のお金だけにしたのです。

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大判は贈答用、小判は実用だった「金」の話


まず、金貨のお話。

金貨は、時代劇で悪徳商人が悪徳代官に「お代官様、どうぞこれを」といって渡す菓子折りの箱に入っている“黄金の菓子”でおなじみ小判のことです。

お代官に黄金の菓子(小判)を渡す様子
※これはあくまでイメージです
前述したように天下統一を成し遂げた家康は金貨の発行をスタートさせたのですが、日本で初めて全国流通用に幕府がつくった小判がこれ。

慶長小判

慶長小判

つくられた時の元号を取って、呼ばれています。

金貨の単位は「両」「分(ぶ)」「朱(しゅ)」の3通りで、小判1枚=1両です。

小判より大きな「大判」というのもありましたが、これは贈答用のもので一般に流通はしませんでした。ちなみに、大判1枚=10両です。

慶長大判
慶長大判。大判は「黄金」と呼ばれたんだそう
大判、小判のほか、金貨には二分金、一分金、二朱金、一朱金もあり全部で5種類。

関係性をまとめた公式はこれ!

check!

小判1枚(1両) = 二分金×2 = 一分金×4 = 二朱金×8 = 一朱金×16

試験には出ません。

使う度に重さを測る!?「銀」の話


お次は銀貨。

先ほど登場した慶長小判と同じタイミングで、家康は銀貨の鋳造も始めました。その時につくられたのがこれ。

慶長丁銀(江戸時代の銀貨)

慶長丁銀(けいちょうちょうぎん)。

なんだかお金っぽく見えないですね。銀貨にはもう一種類こんなものも。

豆板銀(江戸時代の銀貨)

豆板銀(まめいたぎん)。

さらにお金っぽくなくなりましたが、れっきとした銀貨です。江戸時代の銀貨はこの丁銀と豆板銀の2種類が基本。

金貨が小判1枚=1両と枚数と価値が固定されていたのに対し、銀貨の価値は重さで変わったので、使う度に秤などで測るor一定量を事前に紙に包んでおいて使ったんだとか。現代人から見るとめんどくさいシステム……。

また、江戸時代初期には銀を切って使うこともできたんだとか。なので、銀貨の単位は重さの単位になっているんですね。

check!

銀貨の単位は、「貫(かん)」「匁(もんめ)」「分(ぶ)」「厘(りん)」「毛(もう)」

覚え方は「カンモンメブリンモウ」

試験には出ません。

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庶民のお金、「銭」の話


金貨や銀貨を使ったのは主に武士や裕福な商人で、庶民が普段のお買い物でお財布から小判を出す、なんてことはほとんどありませんでした。

余談ですが、全国統一の金貨・銀貨が登場したとはいえ、江戸など東日本では金貨が中心、大坂や京など西日本では銀貨が中心など地域差があったそう。「江戸の金づかい、上方の銀づかい」なんていわれます。

では、庶民が使ったお金はなんだったのかといいますと、これ。

寛永通宝(江戸時代の銭貨)

銭貨です。写真は江戸時代を通じて一番使われた「寛永通宝(かんえいつうほう)」と呼ばれるもの。銅がメインですが、鉄製や真鍮製なんかもあったそう。

銭貨の単位は「文(もん)」と「貫(かん)」で、1貫文=1000文。

主に一文銭とちょっと大きめの四文銭が流通していました。四文銭は先程の写真のように裏面に波形の模様があるのが特徴で、通称は「波銭(なみせん)」。オシャレな江戸っ子らしい遊び心を感じます。

ちなみに、時代劇のヒーロー、岡っ引きの銭形平次が敵にビシーっと投げつけているのは、この寛永通宝の四文銭です。結構イタそう・・・・・・。

銭形平次(北大路欣也 出演版)
北大路欣也バージョンの銭形平次。かっこいい!画像引用元:laughy
余談ですが、お金がまったくない状態を「一文無し」といいますが、この「一文」は江戸時代のお金のことだったんです。

さてさて、小銭を数えるメンドクサさは今も昔も同じ。そこで、一文銭100枚を紐でまとめた「銭緡(ぜにさし)」という便利なものもありました。

銭緡

おもしろいのは、この銭緡、一本で100枚の一文銭がまとめられているという建前なのに実際には96枚しかないこと。

残り4枚はどこにいったのか?というと、銭を数える手数料として最初から差っ引いてあるらしい。たしかに96枚数えるの大変ですもんね。非常に合理的です。

ややこしいお金のしくみを支えた「両替商」は銀行のルーツ


金貨、銀貨、銭貨の3種類が併用されていた江戸時代。

三種類のお金は相互に交換が可能で変動相場制でした。幕府はなんどか公定相場を定めようとしたのですが、なかなか難しかったようです。

しかも江戸では金がメイン、大坂では銀がメインときたもんだから江戸と大坂で取引するのもとっても複雑。

そこで活躍したのが両替商です。2015年放送の大ヒットNHK朝ドラ『あさが来た』のヒロイン・あさの嫁ぎ先としても有名になった職業です。

脇両替(『日本永代蔵』より、井原西鶴 作)
両替商のうち庶民を顧客にした「脇両替」。質屋や酒屋が副業としてやったとか。(『日本永代蔵』より 井原西鶴 作)
両替商の仕事は金貨、銀貨、銭貨の両替がメインですが、そのほか、お金を預かったり、遠くへ送金したり、お金を貸し付けたり、年貢米を売ったお金を管理したり、為替や手形の発行なども行っていました。両替商は現代の銀行のような役割をしていたわけです。

手数料をとって大繁盛した両替商ですが、なかでも有名だったのが大坂の鴻池(こうのいけ)と江戸の三井三井両替店は、現在の三越百貨店の前身である江戸の呉服店「三井越後屋」が兼業として始めたのがルーツで、現代の三井住友銀行のご先祖にあたります

ちなみに、両替商の看板はこんな感じ。

両替商の看板(江戸時代)

変わった形ですが、これは両替の際に使った分銅の形をモチーフにしているらしい。

そして、この看板は現代ではある記号に流用されています。

銀行の地図記号(両替商の看板がモチーフ)

銀行の地図記号

銀行の地図記号は江戸時代の両替商の看板をデザイン化したものだったんですね。こんなところにも江戸時代が生きています。

時代が江戸から明治に変わった1871年(明治4年)、全国共通のお金は新たに「円」「銭(せん)」「厘(もう)」に切り替えられ、両替商はしだいに姿を消しました。

セレブが集うハイブランドの街・銀座は江戸時代の造幣所!?


現在、私たちが使っている1万円札や千円札などの紙幣(日本銀行券)や500円玉などの硬貨がどこでつくられているかご存じですか?

じつは紙幣と硬貨は別の場所でつくられており、紙幣は独立行政法人の国立印刷局が印刷し、日本銀行が発行・管理しています。一方、硬貨は独立行政法人の造幣局で鋳造され発行元は日本政府です。紙幣と硬貨ではつくっている場所も発行元も違うんですね。

さて、話を江戸時代に戻しましょう。
前述したように江戸時代には金貨、銀貨、銭貨の3種類のお金が流通していましたが、それぞれ「金座(きんざ)」「銀座(ぎんざ)」「銭座(ぜにざ)」でつくられていました。

金座は幕府の管轄する金貨の鋳造および発行所で、江戸の本石町(現・中央区日本橋本石町)にありました。はじめは江戸以外にも駿府(現・静岡県)や京、佐渡にもありましたが、のち江戸に一本化されました。

小判の品質チェックの様子(『金座絵巻』より)
金座での金貨の鋳造過程を描いた『金座絵巻』より、小判の品質チェックのようす
明治時代になり造幣局が新設されると金座はお役御免となりましたが、金座の跡地には現在もお金にとっても関わりの深い建物があります。

日本銀行本店の写真
併設された貨幣博物館でお金の歴史も学べる。
日本銀行の本店です。

銀座は銀貨を鋳造・発行した場所の名で、はじめは京の伏見と駿府につくられ、大坂や長崎にもありましたが、金座とおなじくその後、江戸に統合されました。

現在、「銀座」といえば東京を代表する繁華街でハイブランドショップが立ち並ぶあの銀座を思い浮かべる人が多いでしょう。

銀座の写真

そう、駿府にあった銀座を江戸に移した場所こそ、現在の銀座であり、銀座の地名もこれに由来していたのです。今では多くの人がお金を落としていく場所は、かつてはお金をつくっていた場所だったなんとも面白い。

ちなみに、移転する前に駿府にあった銀座の跡地は現在、「両替町」という地名になっています。

藩のなかだけで通用する紙幣「藩札」


江戸時代に全国で流通した金貨、銀貨、銭貨は幕府の発行したお金でしたが、それ以外に紙のお金もありました。それが藩札です。

備後福山藩の藩札
備後福山藩の藩札
藩札が金貨、銀貨、銭貨と異なる点は「藩内でしか使用できないこと」。ほかの藩に持って行ってもただの紙切れです。

全国統一のお金ができたとはいえ、江戸や大坂などの大都市にお金が集まり、結果、地方の藩などではお金が不足していました。それを補うために誕生したのが藩札です。全国の藩のおよそ8割で藩札が発行されたとか。

藩のなかには藩の財政難を解決する手段として藩札を大量に発行するところもあり、結果、経済の混乱を招くこともありました。

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江戸時代のアレコレ、現代だとおいくら?


江戸グルメの代表格すしやそば、庶民の集合住宅・長屋の家賃、人々の憩いの場・湯屋(銭湯)……など、「現代の金額に換算といくらだろう?」というのはとっても気になるところ。

ただ、これが実に難しい。

江戸時代は265年ありまして、1両の値段だけをみても、江戸時代初期では約10万円前後、中~後期では約4~6万円前後、幕末になるとさらに価値が下がったといわれています。ですが、研究者によっては1両20万円だという人もいるし30万円だという人もいるし、いやはや4万円くらいという人もいる。

ただ、話がすすまないので、今回はエイヤアで、1両=8万円、1文=20円(1両=60匁=4000文で換算)で考えることにしましょう。社会情勢も違う江戸時代の価格と現代の価格は比較できないのですが、あくまで目安ということで。

では、いってみましょう!(注:当時の価格は江戸時代後期のもの)

【グルメ編】


まずは江戸グルメの代表格から。

『縞揃女弁慶 松の鮨』(歌川国芳 画)
『縞揃女弁慶 松の鮨』(歌川国芳 画)
寿司

  • 屋台の寿司で一貫4~10文=約80~200円
  • ちょっとお高い店舗の寿司一貫20~30文=約400~600円

なかなかリーズナブルに楽しめたようです。
ちなみに、大きさは今の寿司に比べて2倍以上と超ビッグでした。


次。

てんぷらを食べる江戸時代の女性(『風俗三十二相』「むまそう」月岡芳年 画)
『風俗三十二相』「むまそう」月岡芳年 画
てんぷら

江戸時代のてんぷらは屋台グルメで、ネタを串に刺して売っていました

一串およそ4文=約80円

ネタは今でも定番のアナゴや芝海老、貝柱などでどれでも約80円というのだからめちゃくちゃ安い!てんぷらはファストフードだったんですね。

幕末になると高級な料理屋でもてんぷらを出すようになり、次第に高級路線になっていったんだとか。


次。

これも江戸時代に誕生した江戸っ子大好きグルメ。

江戸時代の蕎麦屋の屋台(『鬼あざみ清吉』歌川豊国)
『鬼あざみ清吉』(歌川豊国 画)
そば

  • そば16文=約320円
  • てんぷらそば32文=約640円

今の立ち食いそばの価格と似たような感じです。ちなみに別記事で江戸時代の蕎麦事情を特集しています。


次。

鰻をさばく江戸時代の料理人(「かばやき沢村訥升」歌川国芳 画)
鰻をさばく江戸時代の料理人(「かばやき沢村訥升」歌川国芳 画)
うなぎ

江戸時代から変わらない夏の定番グルメ。こちらは今だとかなり高額です。では江戸時代は?

比較的高級なうなぎ店の蒲焼き1皿170~200文=約3400~4000円

うへえ、高い。ちなみにご飯はついてきません。うなぎは今も昔も高級グルメだったようです。ただ屋台ではもっとお手軽に食べられたようです。


次。

『十二ケ月の内 四月 ほとゝきす・かつほ』(渓斎英泉 画)
『十二ケ月の内 四月 ほとゝきす・かつほ』(渓斎英泉 画)
初鰹

新しいもの大好き江戸っ子が熱狂したのが初物グルメ。なかでも初鰹に対する熱狂ぶりは異常。その驚きの値段は!?

記録に残る最高取引額の初鰹1本3両=約24万円

カツオがブランドバッグ並です。

ちなみにこの時の購入者は江戸時代後期の人気歌舞伎役者・三代中村歌右衛門。当時、かなり話題になったとか。そりゃそうだ。

ただ、高級な初鰹もはしりを過ぎれば値段も下がり、1本1000~2000文=約2~4万円くらいになったそうです。それでもやっぱり高い!


ここからはパパっと値段だけを見てみましょう。

  • 豆腐→1丁50文=約1,000円(ただしサイズは今の4倍ほど)
  • 納豆→ひと束4文=約80円
  • ゆで卵→1個20文=約400円 高ッ!
  • 鰯→10尾36~50文=約720~1,000円
  • 居酒屋の酒→1合8~30文=約160~600円(安酒もあり上方からの高級酒あり)
  • 甘酒→1杯4~8文=約80~160円
  • 串団子→1本4文=約80円

などなど。


【生活編】


まずは庶民の集合住宅の家賃から。

長屋で暮らす人々(『絵本時世粧』より、歌川豊国 画)
『絵本時世粧』より(歌川豊国 画)
長屋の家賃

一般的な間取り「九尺二間」と呼ばれる台所込の四畳半の部屋で月額400~500文=約8,000~1万円

これは安い!ただし江戸時代の長屋は性生活含めてプライバシーはゼロなのでご注意を。


次。

毎日通う憩いの場。

肌競花の勝婦湯(豊原国周 画)
(『肌競花の勝婦湯』豊原国周 画)
銭湯(湯屋)の入浴料

  • 大人8文=約160円
  • 子ども6文=約120円
  • 1ヶ月フリーパス(羽書〈はがき〉)148文=約2,960円

かなりリーズナブル。でも江戸時代は日に何度も銭湯に入ったそうなので納得の値段。


次。

こちらも庶民の社交場。

江戸時代の床屋(髪結床)(『浮世床』より 式亭三馬 著)
『浮世床』より 式亭三馬 著
床屋(髪結床)の散髪料

男性の床屋での髪結・散髪1回28文=約560円

今の千円カットより安い!ヘアスタイルの関係もあってかなり頻繁に髪結床へ行っていたそうなのでリーズナブルなのでしょう。ちなみに、江戸時代の髪結床は現代の床屋と同じくヒゲも剃ってくれました。


日用品の値段も見てみましょう。

『岡場所錦絵 辰巳八景之内』(香蝶楼国貞 画)
『岡場所錦絵 辰巳八景之内』(香蝶楼国貞 画)
ろうそく

1本の重さが100匁(もんめ/約375g)もある「百目蝋燭(ひゃくめろうそく)」の場合、1本200文=約8000円

めちゃ高い!なので必然的に、大名や裕福な商人、高級料亭や遊郭など一部の人々しか利用することはありませんでした。

ちなみに、庶民が照明燃料として使った魚油(ぎょゆ)の値段は1升(1.8 ℓ)でおよそ200文=約4000円くらいだったとか。

ろうそくに比べかなりお安いですが、クサイという難点も・・・・・・。


次。

『開化 三十六会席 代地巴屋』(豊原国周 画)
『開化 三十六会席 代地巴屋』(豊原国周 画)


今では百均でも売っている傘ですが、江戸時代の傘はかなり高額。

  • 蛇の目傘(画像左の女性が持っている傘)1本8匁=約2万円
  • 番傘(画像右の男性が持っている傘)1本2~3匁=約5,000~7,000円

番傘は普段使い用の傘として庶民が使った最も安い傘ですが、それでも高い!

でも、江戸時代は傘を壊れても直すことで使いたおしたので、結果的にはそんなに高くないのかも。

では、そのほか日用品のお値段をご紹介。

  • 草鞋(わらじ)1足12~16文=約240~320円
  • 歯磨き粉1袋(約1ヶ月分)6~8文=約120~160円
  • 上質な紅1回分30文=約600円
  • トイレットペーパー(浅草紙)1枚1文=約20円
  • 観葉植物1鉢4文~=約80円~ ※高額なものは天井知らず

などなど。

【娯楽・レジャー編】


お次は娯楽とレジャー。まずは世の男たちの憧れの場所。

江戸時代の遊女(『風俗三十二相』「しなやかさう」月岡芳年 画)
『風俗三十二相』「しなやかさう 天保年間傾城之風俗」(月岡芳年 画)
吉原

花魁のいる“不夜城”吉原。吉原で遊ぼうとしたら一体いくらかかったのでしょう?

  • 最上級の遊女「花魁」1両1分=約10万円
  • 中級の遊女「座敷持」金2分=約4万円
  • 最下級の遊女「局女郎」100文(約3時間で)= 約2,000円

まさにピンきり。

花魁と遊ぼうと思ったら、この料金にプラスして宴会代や芸者代、ご祝儀代なども払わねばならなかったのでべらぼうな金額になりました。

余談ですが、「金の切れ目が縁の切れ目」ということわざ、意味は「金があるうちはチヤホヤしてくれた人々も、金がなくなれば掌を返したように冷たくなる」ですが、もともとは遊女と客の金銭を通じてのみ生まれた“擬似恋愛”をさしたのだとか。金のない客なんて遊女は相手にしていられません。


次。

『大芝居繁栄之図』(三代歌川豊国 画)
『大芝居繁栄之図』(三代歌川豊国 画)
歌舞伎

これも江戸っ子が愛した娯楽の代表格。特に女性ファンは前日からウキウキと観劇ファッションの準備をしたんだとか。

今だと高額な1階桟敷席からリーズナブルな当日券「一幕見席」までさまざまな価格のチケットがありますが、江戸時代の歌舞伎の観劇料はいかほどだったんでしょうか?

  • 最上級の「桟敷席」銀20~35匁=約2万6400~4万6200円
  • 最下等の土間席「大向う」100文=約2,000円

これまたピンきりだったようです。


次。

江戸時代の相撲(『大相撲取組之図』(歌川国明 画))
『大相撲取組之図』(歌川国明 画)
相撲

今でも幅広い世代から愛される「国技」相撲。特に昨今は相撲人気が高く、若い女性ファンも増えています。ちなみに、江戸時代の相撲は「女性禁止」で相撲を見られるのは男性だけでした。では、相撲観戦料の気になる値段は?

相撲観戦料(木戸賃)200文=約4,000円

思ったよりリーズナブルに楽しめたようですが、それでもなかなかのお値段です。


次。

『伊勢参宮 宮川の渡し』部分(歌川広重 画)
『伊勢参宮 宮川の渡し』部分(歌川広重 画)
旅行

江戸時代の人々にとって旅行は「一生に一度は行きたい!」レベルのものでした。

  • 江戸~京まで東海道の旅(片道)1両~=約8万円~ ※宿泊費込み
  • 旅籠(はたご/朝・夕の食事付き宿泊施設)1泊200~300文=約4,000~6,000円
  • 木賃宿(素泊まりの安宿)1泊100文くらい?=約2,000円ほど? ※旅籠の宿泊料金の2分の一~3分の一程度だったとも

徒歩での旅行なので草鞋も履きつぶしたら新調しなければいけないし、川を渡る時には船や人足も頼まねばならないし、旅行にはかなりお金がかかりました。


次。

当時三美人(喜多川歌麿 画)
『当時三美人』喜多川歌麿 画
浮世絵

江戸から世界に発信するポップカルチャー。

1枚20~24文=約400~480円

安ッ!!サイズによって値段が変わったので、小さいサイズのものだともっと安かったそう。

役者絵や美人画は今でいうアイドルのブロマイドみたいなもんですから庶民でも比較的手軽に買える値段でした。

ほかにも

  • 寄席の入場料(1回分)36~48文=約720~960円
  • 見世物の見物料(1回)20~24文=約400~480円
  • 瓦版1枚4文=約80円
  • 江戸の宝くじ「富くじ」1枚金2朱=約1万円
  • 富くじの一等賞金最高額1000両=約8,000万円!!!

【給料編】


さぁ、最後は給料編。身分によってかなり異なる給料事情にびっくり。

『石城日記』より(尾崎石城 著)
『石城日記』より(尾崎石城 著)
下級武士の給料

江戸時代の人々にとって旅行は「一生に一度は行きたい!」レベルのものでした。

最下級の武士の年俸3両一人扶持=約24万円+お米(1日5合相当)


「なぁ、信じられるか?これ月収じゃなくて年収なんだぜ。」


最下級の武士の年収とはいえ、現代のワーキングプアも真っ青の低収入です。なので、下級武士はほぼもれなく傘張りなどの内職をしていました

ちなみに、時代劇に出てくる「このドサンピンがぁ!!」という罵倒の言葉。漫画『ハガレン(鋼の錬金術師)』でも出てくるこの言葉は、年収が3両一人扶持だった下級武士を「三一侍(さんぴんさむらい)」と陰で呼んだことが語源とも言われています。


次。

初代中村仲蔵
人気役者・初代中村仲蔵(なかぞう)(江戸時代中~後期に活躍)
歌舞伎役者の給料

人気役者ともなればトップスターとして相当稼いでいたと思われます。果たして?

年収は1000両=約8000万円

「千両役者」という言葉そのもの。

歌舞伎役者といえどみんながみんなこんな高給取りだったわけではなく、千両役者はごく一握りでした。ちなみに、仲蔵も駆け出しの頃は年収8両=約64万円だったそう。たいへんな出世を果たしました。


次。

『士農工商之内 工』(三代歌川豊国 画)
『士農工商之内 工』(三代歌川豊国 画)
大工の給料

火事の多かった江戸の町、大火のあとともなれば大工は引っ張りだこでした。そんな大工の日給は?

日給銀5匁4分=約6,600円

これには弁当代も含まれていたそうです。


次。

野菜売りの写真(明治期に撮影)
明治期に撮影された野菜売りの写真
野菜の棒手振(ぼてふり)の稼ぎ

1日の稼ぎは100~200文=約2,000~4,000円

独身ならまだしも家族持ちとなるとなかなか厳しそうな日給。『文政年間漫録』という江戸時代後期の資料にのっている野菜売りの生活によると――


朝、600~700文(約1万2千~1万4千円)と籠を持って家を出て、そのお金で野菜を仕入れ、各町を売り歩いた。仕事が終わって家に帰ると、明日の仕入れ用のお金を確保しておく。すると女房が「米と味噌と醤油を買うお金ちょうだい」と言うので250文(約5,000円)を渡した。さらに子どもも「お菓子買うお金ちょーだい」と言うもんだから12~13文(約240~260円)渡した。売上から残ったお金は100~200文だった。

なんだか、リアルな庶民の生活が見えてくるようです。仕事終わってお疲れのお父さん、あとは安酒でも飲んだのでしょう。

江戸時代のお金事情を知ると時代小説や落語などがよりいっそう楽しくなりますよ。

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投稿日: 投稿日:カテゴリ:カテゴリー 現代に繋がる, 生活,

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