裏長屋には長屋の住人が共同で使用する井戸やトイレもあります。

江戸時代の長屋の共同井戸(深川江戸資料館 再現)

これが長屋の共同井戸。資料館を訪れたのがお正月シーズンだったので、井戸にも注連飾りがしてあります。

「水道の水で産湯を使った」ことを自慢にした江戸っ子ですが、深川の方面には水道が通っていなかったそうで、この井戸は地面を掘って地下水を引いた「掘抜き井戸」として再現されているのだそう。しかし、もともと埋立地だった深川は井戸を掘っても海水混じりの水が出てきてしまうそうで、井戸の水は飲用には向かず、食器を洗ったり洗濯したりなどに使われたんだとか。

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井戸の向こうに見えるのはお稲荷さん。江戸にはたくさんお稲荷さんがあり、裏長屋の共同エリアにもだいたいお稲荷さんが祀られていました。

江戸時代の長屋の共同トイレ(深川江戸資料館 再現)

井戸の向かいには共同トイレが再現されています。が、実際には井戸とトイレがこんなに近くにあることはないそう。なぜなら、トイレと井戸が近くにあったら疫病が蔓延しやすいから。

さて、「惣後架(そうこうか)」とも呼ばれた江戸の共同トイレ男女の別はなく、ドアも下半分しかないというオープンさ。現代人からすればとんでもないトイレですが、ガイドさんいわく、「ドアの上半分が開いていることで遠目にも使用中なのがわかる。しかも、しゃがんでいるから外から見えるのは頭部だけで顔バレもしないからこれは案外便利」だそうです。

ドアには「あけはなし たれかけ無用」の張り紙が見えます。「ドアの開けっ放し、トイレの汚しっぱなし禁止」というような意味です。

長屋の共同トイレ。トイレットペーパーである浅草紙は各人が持参(深川江戸資料館 再現)

トイレのなかはこんな感じ。

備え付けのトイレットペーパーなんてものはなく、トイレットペーパーは持参しました。ちなみにトイレットペーパーとして使われたのは「浅草紙」と呼ばれた最下級の再生紙でした。

裏長屋ゾーンにはほかにも大家さんである米屋の大きな土蔵もあります。

江戸の町ではしょっちゅう火事が起きていたのですが、土蔵は火事でも燃えないため、商売品のほか大事な家財道具なんかも蔵に収納していたんだそう。また、火事の時には土蔵の入り口に泥を塗り目張りをしたんだとか。蔵の横にはそれ用の泥も置いてありました。これ。

蔵の横の泥置き。火事の時は土蔵の入り口を泥で目張りした(深川江戸資料館 再現)

泥が足りない場合には味噌を使ったらしい。また、火事の時は土蔵の内部もたいへんな高温になるので、火事のあと3日経ってから土蔵を開ける、という決まりがあったとか。

余談ですが、資料館にある家々には靴を脱いで上がることができます。「展示品にはお手を触れないでください」という資料館が多いなか、深川江戸資料館ではだいたいのものに触ってもOK(もちろん扱いは丁寧に)。実際に持ってみたり、触れたりするとまた江戸の暮らしがより身近に感じられます。

さて、堀割(運河)の方に進んでいくとーー本当に堀割があってびっくり。すごい。ちゃんと水がたたえられ、水底には貝も!深川江戸資料館、がんばりすぎ。そして、船着き場には猪牙舟(読み:ちょきぶね)が。

江戸時代の猪牙舟(ちょきぶね)(深川江戸資料館 再現)

猪牙舟というのは船の一種なんですが、とにかくスピードがめちゃくちゃ速い。ひとりの船頭が数人のお客を乗せる高速ハイヤーで、「江戸の足」として重宝されたんだとか。江戸は運河の多い“水の街”ですからね。

で、その猪牙舟を所有し、何人かの船頭を抱えて人や荷物を運ぶのが「船宿」。「宿」とついてますが宿泊施設ではありません。が、船宿によっては宴席を開くこともあったり、男女の密会場所に使われることもあったそうな。

船宿の女将が猪牙舟を見送るところ(深川江戸資料館 再現)
船宿の女将が猪牙舟を見送るところ(『江戸名所百人美女』「永代橋」三代歌川豊国 画)
深川江戸資料館に再現されていた船宿もお客に食事を出すタイプのところだったようで、たくさんの食器が台所にありました。

船宿の台所にある食器棚(『江戸名所百人美女』「永代橋」三代歌川豊国 画)

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投稿日: 投稿日:カテゴリ:カテゴリー 生活, 雑学、ネタ

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