いつの時代も冬の憩いの場、こたつ


江戸時代の暖房器具として火鉢と並んでポピュラーだったものがもうひとつあります。こちら。

江戸時代のコタツ(『絵本常磐草』より)
(『絵本常磐草』より)
こたつです。

女性たちがこたつに入って本を読んでいます。なんだか今でもよく見る光景ですね~。

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こたつも燃料は火鉢と同じく炭でした。こたつには「掘りごたつ」と「置きごたつ」の2種類がありました

江戸時代の掘りごたつ(『絵本和歌浦』より)
((『絵本和歌浦』より)
これは掘りごたつです。居酒屋などでよくある今時の掘りごたつとは異なり、江戸時代の掘りごたつは、部屋の床を少し掘り下げ炉を切り、その上に櫓(やぐら)をのせたものでした。絵は男性が竹筒を吹いて炭を起こしているところのようです。

掘りごたつの登場は室町時代といわれ、当初は囲炉裏の上に櫓を置き衣類をかぶせ、その上に足を乗せて暖を取ったそうです。これが江戸時代の掘りごたつもはじめは小袖などの衣類をかぶせていたそうですが、中期以降、綿入り布団が普及すると現代のように布団をかぶせるようになりました。

ちなみに、こたつを使わない冬以外の季節は炉の上に畳などを置いてふさいでおきました。

江戸時代の置きごたつ(『炬燵の娘と猫』歌川国政 画)
((『炬燵の娘と猫』歌川国政 画)
一方、こちらは置きごたつ。江戸時代中期頃に登場しました。掘りごたつは床に切った炉の上に設置したので固定式でしたが、置きごたつは持ち運び可能な土製の火鉢を櫓のなかに入れたものなので便利な移動式でした。それにしても、こたつの上にはやっぱり丸くなった猫が似合います。

置き炬燵のなか

置きごたつのなかはこんな感じです。丸いのが炭を入れる火鉢です。これに布団をかけて使用しました。現代の電気コタツの原型ともいえるかもしれませんね。ただし、今のように櫓の上に板をのせテーブルのように使うことはなかったようです。

火鉢やこたつを出す日が決まっていた!?


現代ならばエアコンをつけたり、コタツを出したりするタイミングは人それぞれですが、江戸時代はなんと火鉢や炬燵を出す日というのが決まっていました。「炬燵開き」と呼ばれるその日は、旧暦10月最初の亥(い)の日、現在の11月中旬から下旬にあたります。

まず武家でこの日を境に暖房器具が解禁となり、12日後の2番目の亥の日に町家でも暖房器具が解禁されました。偉い武家から先に暖まれるわけです。もうかなり寒かったと思いますが、その日が来るまでは将軍さまといえどもガマン、ガマンでした。

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