予想以上にバリエーション豊かだった江戸時代の眼鏡素材


ここでちょっと、江戸時代の眼鏡の素材について。

まずはレンズ。

現在の眼鏡レンズは素材のほとんどがプラスティックで時々ガラス、という感じ。対して江戸時代の眼鏡レンズはガラスもしくは天然の水晶でできていました。水晶の眼鏡レンズとか超クール!

次にフレーム。

現在では形状記憶素材やチタン合金、プラスティック、合成樹脂などの人工的なものから木やべっ甲、金などのちょっと個性的なものまでフレームの素材は多種多様の選び放題。

対して江戸時代のフレーム素材はというと、べっ甲(亀の甲羅)、水牛の角、馬の蹄(ひづめ)、木などなかなかバリエーション豊か。幕末には真鍮(しんちゅう)といった金属製のフレームも登場しました。

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江戸時代初期には手で持つタイプの眼鏡が主流でしたが、その後、眼鏡のフレームにヒモを通し耳にひっかけるタイプの眼鏡も登場しました。

『千話鏡月の村雲 お染・久松』(喜多川歌麿 画)
画像右下、渋面をしているおじいちゃんが眼鏡をしています。これは耳にヒモをかけるタイプの眼鏡です(『千話鏡月の村雲 お染・久松』喜多川歌麿 画)
う〜ん耳たぶが痛くなりそう。ヒモ付き眼鏡が発明されたのは16世紀後半から17世紀にかけてのヨーロッパといわれ、それが日本にも輸入され、やがてヒモ付き眼鏡が日本でも広まりました。

しかしここで切実な問題が……。

鼻の高い西洋人ならともかく、平たい顔族の日本人がヒモ付き眼鏡をかけるとレンズと目の間が狭すぎてレンズにまつ毛がくっついてしまってどうにも具合が悪い。そこでアレが発明されます。


それが鼻あて


これによりレンズと目の間に隙間をつくりました。諸説ありますが、「鼻あて」を発明したのは日本人らしいというのは誇らしい気分です。

幕末の「鼻あて」付きの眼鏡
幕末に国内でつくられた「鼻あて」付きの眼鏡。レンズとレンズをつなぐブリッジの部分に支柱が付いていて、これを起こして額にあてることで隙間をつくりました。画像引用元:石川県立歴史博物館
ほかにもユニークな眼鏡としてこんなものも。


幕末の水牛フレームの「頭痛おさえ眼鏡」
画像引用元:石川県立歴史博物館
幕末につくられた水牛フレームの「頭痛おさえ眼鏡」。

現代でも通用しそうな個性的でおしゃれなデザイン。“つる”の先についている丸い部分が「頭痛おさえ」らしいのですが、これでホントに頭痛がおさえられたのでしょうか?

現代の眼鏡のように長い“つる”の先が耳にひっかけられるようになったタイプの眼鏡は明治時代まで待たねばならなかったようです。

明治時代の眼鏡をかけた女性の絵(『真美人』揚州周延 画)
耳にかけるタイプの現代的な眼鏡をかけた女性。こちらの作品が描かれたのは1897年(明治30年)のこと。眼鏡をかけた女性の絵というのは珍しい(『真美人』揚州周延 画)
ちなみに眼鏡ケースも江戸時代からすでにあり、根付(ねつけ)をつけ着物の帯に挟んで携帯しました。

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