• 更新日:2019年9月8日
  • 公開日:2015年11月15日


熱湯を好んだ江戸っ子。湯の温度はなんと……


江戸っ子は熱い湯が好みだったとよく聞きますが、江戸時代の湯の温度は推定47度

これは熱いにもほどがある。

この度を越した熱湯にざぶりとつかり、熱さで全身を真っ赤にしながら、「おいおい、今日はちょっとぬるいんじゃないのかい。」ぐらいのことを言い放ち、ヤセ我慢がいよいよ限界をむかえたところでサッと出る。これが江戸っ子の粋だったとか。

なお、水が貴重な江戸時代。節水のため湯は繰り返し使われ、かなり汚れていても気がつかなかったとか……。


混浴だった湯屋。間違いは起きなかった?


ちょっと話しは変わりますが、江戸時代の銭湯は混浴が一般的でした。江戸だけでなく全国的にもです。ちなみに混浴は「入込湯(いりこみゆ)」と呼ばれていました。

1791年(寛政3)の「寛政の改革」をはじめ何度か「風紀が乱れる」という理由から混浴禁止令も出されましたが、男湯・女湯に分けるのは経済的に難しいなどの理由により定着せず、明治新政府の厳重な取り締まりにより絶滅するまで、禁止されては復活するを繰り返し、のらりくらりと混浴時代が続きました。

「風紀が乱れる」とはいえ、若い娘さんなどには母親やおばさんたちが鉄壁のガードでスケベな男性客から守ったそうで、威勢のよいおかみさんなどは触られようなら怒声を浴びせかけたとか。

日本の混浴に衝撃をうけた意外な人物

江戸のお風呂 石榴口

幕末、意外な人物が日本の混浴文化に度肝を抜かれました。その人とは、

 



ペリー提督

ペリー提督です。

黒船来航で日本中を騒然とさせたペリーですが、ペリーはペリーで日本の混浴文化を目の当たりにして絶句します。

上の絵はペリー艦隊の公式日記『日本遠征記』の挿絵で、下田にあった公衆浴場を描いたものです。ペリーは「日本人は道徳心に優れているのに、混浴しているのを見ると道徳心を疑ってしまう」と日記に残しています。

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熱い湯にサッと浸かったあとはじっくり体のお手入れをします。野暮(やぼ)を嫌った江戸っ子は身なりにもとても気を遣いました。

清潔感をとても大切にしたので、ふんどしを尻ッ端折り(しりっぱしょり)にした時に陰毛がモサモサとはみ出てしまうことを嫌い、湯屋で熱心に除毛したそうです。

みんなで一心不乱に陰毛の手入れをするというのは、江戸時代のお風呂の日常風景。その証拠に、どの湯屋でも男性用の毛抜きと「毛切り石」というものが置いてあり誰でも自由に使うことができました。

「毛切り石」とはなんぞや、といいますと、その名の通り毛を切るための石なのですが、どうやるかというと余分な陰毛を2つの石で挟んで擦り切るのだそう。なかなかコツがいりそうですね。

江戸っ子のたしなみ

江戸時代の男湯の様子(『職人尽絵詩』鍬形蕙斎 画)
(『職人尽絵詞』より/鍬形蕙斎)
お客さんでごったがえす男湯のようす。桶に座って股間をのぞいている男性はアンダーヘアのお手入れ中? その横には軽石でかかとの角質除去をする男性も。

画面左奥の男性は爪を切っています。爪切りハサミは盗まれないように、ひもで板切れにつけられていました。

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