• 更新日:2017年8月18日
  • 公開日:2017年1月22日


ブロマイド、おもちゃ、手ぬぐい、フィギアーーアイドルばりのグッズ展開


鈴木春信の浮世絵効果もあり、お仙の人気は一世を風靡するほど高まりました。お仙が働く「鍵屋」もその人気に便乗し、なんとお仙ちゃんグッズを売り出します

ブロマイド(浮世絵)をはじめ、双六や手ぬぐい、はてには人形までつくられたんだとか。アイドルのフィギアみたいな感じです。そう考えると、江戸時代にもドルオタはいたに違いない。それにしても、鍵屋はなかなか商売上手ですね。

さらに、当時上演していた歌舞伎作品のなかは「笠森稲荷の水茶屋お仙、云々」というセリフもあったそうで、ますますお仙の評判は高まることに。余談ですが、江戸時代の歌舞伎はかなり流行に敏感で、流りものをすぐにセリフなどに取り入れていました

これだけでもすごいのに、ついにはお仙をモデルにしたヒロインが活躍する歌舞伎まで作られました。

河竹黙阿弥作の『怪談月笠森』(二代歌川国貞 画)
(二代歌川国貞 画)
これはお仙をモデルにした「笠盛おせん」が登場する河竹黙阿弥作の『怪談月笠森(つきのかさもり)』のワンシーン。リアルなお仙とストーリーは全然関係なく、痴情のもつれから殺された姉の仇を妹の「おせん」が討つ、という物語になっています。まあ、フィクションなので受けのいい派手な展開になります。

ちなみに、初演は幕末の慶応元年(1865年)とお仙の生きた時代とはだいぶ離れています。でも、ずいぶんな年月が経っても人々の記憶にお仙が残っていたということですよね。すごい美人というだけで、言ってしまえば「ただの町娘」ですからね、お仙は。それなのにこの影響力はすごいことです。

お仙ファンは男性だけではありませんでした。女性たちにとってもお仙はアイドルで、お仙のファッションや着こなしをマネする江戸女子もたくさんいたらしい。今の女性がカリスマショップ店員に憧れるような感じでしょう。

この加熱した人気ぶり。約250年前に実際にあった笠森お仙フィーバー。

江戸版メディアミックスにより「ただの町娘」から「スーパーアイドル(ただし会いに行ける)」になり人々のハートをがっちりつかんだお仙。

しかし、お仙はある日突然、姿を消します。はたして、お仙に何があったのでしょうか?

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人気絶頂のなか突然消えたお仙ちゃんの行方は!?


お仙が20歳くらいの頃、ある日突然、鍵屋からお仙の姿が消えました。

人気絶頂のスーパーアイドルが急に消えたんですから、江戸中は大騒ぎ。「お仙ちゃん、今日はいるかな?」と鍵屋に行ってみれば、店先にいるのはお仙ちゃんの老父だけ。

「とんだ茶釜が薬缶(やかん)に化けた」

という流行り言葉には男性客たちの落胆の声が詰まっています。つまり、ハゲ親父の方かよ! ってことです。

スーパーアイドル失踪について江戸っ子たちは噂し合い、いろんな憶測が江戸を飛び交いました。

なかでも有名だった説、それは



父に殺された説」。

それはどんな説だったのかというと、

鍵屋のお仙はじつは親父の実娘ではなく、お仙の実父は草加宿の名主だったんですが、これがギャンブル好きで借金のカタにお仙を鍵屋に売り飛ばした。かわいいお仙はやがて鍵屋のアイドルとなり、鍵屋は大繁盛、鍵屋の親父もウハウハ。お仙に言い寄る男はたくさんいたが、お仙は親父の知らぬ間にイケメンと恋仲になっていた。

親父はイケメンを諦めさせようとあの手この手を使ったが、お仙はついにイケメンと駆け落ちしてしまう。怒りと嫉妬に狂った親父は、お仙がイケメンと隠れ住んでいた愛の巣を執念で見つけ出し、逃げるお仙をねじ伏せると喉笛に食らいつき、噛み殺してしまったーーというもの。

この父親犯行説をもとに描かれた浮世絵まで登場します。

笠森お仙の無残絵(『英名二十八句衆』「笠森於仙」月岡芳年 画)
『英名二十八句衆』「笠森於仙」月岡芳年
最後の浮世絵師といわれた月岡芳年。“無残絵”を得意とした芳年が俗説をもとに描いた作品です。

怖すぎる。なにが怖いって、お仙の真っ白な脛にべっとりとついた血の手形が怖い。あのかわいらしいお仙のこんな血みどろな姿……ショッキングすぎます。

父に殺された説以外にも、お仙失踪についてさまざまな憶測がありましたが、真実はいつもひとつ。そして、知ってみれば「なんだ、そうだったのか」と思うようなシンプルなもの。


お仙は結婚して、お店を辞めていたのです。

スーパーアイドルを嫁にできた幸せ者は、なんと武士。しかも、笠森稲荷の地主なので金持ち。記録にはないけどイケメンに違いない。男性の名は倉地甚左衛門というのですが、就いていた役職が特殊なだけにお仙との結婚も秘密裏に行われたと思われます。甚左衛門の役職というのが「御庭番(おにわばん)」というもの。

この人が御頭をしていたあの御庭番です。




四乃森蒼紫(『るろうに剣心』和月伸宏 作)
『るろうに剣心』の四乃森蒼紫。御庭番最後の御頭であり、最強を求めるアツい男です。

御庭番は、表向きには大奥など奥向きの警備が仕事なのですが、時には将軍の密命を受け諜報活動をすることもありました。御庭番=忍者・スパイというイメージがあるのはこのためです。

任務の特殊性から外部との接触がほとんどなかったといわれる御庭番のところへ嫁ぐわけですから、お仙の結婚もひっそり行われ、結果、お仙が急に姿を消したように見えたのでしょう。

余談ですが、武家に町娘が嫁ぐのは「身分違い」のため表向きはNGでしたが裏ワザがありました。形式的なものではありますが武家の養女に一旦なり、「武家同士の結婚」という形にしてから結婚するのです。お仙もこのスタイル。

さて、お仙のその後。

詳細については不明ですが、お仙は幸せな結婚生活を送ったようで、9人もの子宝に恵まれ、77歳という当時にあっては長寿を全うしました。ウェイトレスからスーパーアイドルとなり、最後はひとりの女性として幸せに生きたお仙。まるで少女漫画のようなお仙の墓は、東京都中野区上高田にある正見寺の墓地にひっそりとあります。

笠森お仙の墓(東京都中野区上高田の正見寺)
画像引用元:tairaのウォーキング日記
もし、江戸時代にタイムスリップできるのなら、ぜひ鍵屋へ行ってお仙ちゃんにお茶を運んでもらいたいものです。そしてお土産にはお仙グッズを購入したいと思います。

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