「刺青を入れた武士」というと、パッと思いつくのが「この桜吹雪に見覚えがねぇとは言わせねぇ!」のタンカでおなじみ“遠山の金さん”こと名奉行・遠山金四郎景元ではないでしょうか。
しかし、これはあくまでドラマのなかのお話で、金さんが刺青を入れていたことを歴史的根拠を示す文献はありません。とはいえ、若い頃はかなりヤンチャだった金さん。“若気の至り”で刺青を入れたのではという説もあります。ただ、その刺青は桜吹雪ではなく、「女の生首」説、「桜の花びら1枚だけ」説など諸説様々。一体、本当のところはどうだったのかとっても気になります。
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金さんと同じく「刺青の名奉行」として知られるのが、珍談・奇談を集めた随筆集『耳嚢(みみぶくろ)』の作者としても有名な根岸鎮衛(やすもり)です。
鎮衛は下級武士から南町奉行にまで出世したシンデレラボーイなのですが、やはり無頼だった若い頃に刺青を入れたという説があり、そのデザインは赤鬼だったとも。ですが、金さんと同じく噂の域を出ません。ザンネン。
ほかにも、現代では考えられませんが歌舞伎役者も刺青を入れていました。
こちらは幕末の歌舞伎役者・中村芝翫(しかん)を描いた浮世絵ですが、着物から見事な刺青がチラ見えしています。
こちらも江戸時代後期の人気歌舞伎役者を描いた浮世絵。ポージングのカッコよさ、刺青の艶やかさ、背景の斬新さに目を奪われます。
また、刺青が歌舞伎の舞台のなかで重要な役割を果たすこともありました。
これは、人気の歌舞伎演目『青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)』(通称「白浪五人男」)に登場する女装した美貌の大泥棒・弁天小僧菊之助。この弁天小僧、正体がバレた時に、「知らざぁ言って聞かせやしょう」から始まる名口上を述べながら女装を解いていくのですが、白い肌に浮かぶ鮮やかな桜の刺青が現れるシーンは舞台の見どころのひとつとなっていました。
こうした舞台の影響で刺青を彫る者も結構いたことでしょう。
このように大流行した刺青は多数の浮世絵にも描かれています。いくつかご紹介します。
まずは、『水滸伝』のヒーローたちを日本の侠客に見立てたシリーズ『近世水滸伝』(三代歌川豊国)より「竹垣の虎蔵」。その名の通り、竹と猛々しい虎がデザインされた刺青となっています。なんだか虎が耳元にささやきかけているようにも見えますね。
お次も『近世水滸伝』より「競力富五郎」。インパクト大の龍の着物から、同じく龍の刺青が見えるというダブル龍。龍は刺青デザインの定番でした。
こちらも『近世水滸伝』より「ましらの源次」。左腕に孫悟空の刺青、というのもユニークですが、さらに個性的なのが右腕に孫悟空の口から吐き出された分身たちがいること。両腕でひと続きのデザインになっているなんて、只者じゃない感がすごい。
これは幕末の役者絵。牡丹の花も刺青デザインの定番ですが、着物の花柄と相まってとっても華やか。背景のポップさにも目が奪われます。
最後も幕末の役者絵。刺青のデザインはなんと異境に住むという伝説の人種・手長足長族。腕の長さに合わせて、足長の長~い足が彫られているシャレのきいたデザイン。お腹にいるのは鎌倉時代の猛将・朝比奈三郎。色んな伝説のある人で戯曲化されたり巨人化されたりする人気者です。
こうした芸術的な刺青を全身に彫るにはかなりの肉体的苦痛と相当な金額がかかりました。
一度に全部を彫りあげることはできなかったため、何回分にも小分けして作業は進められました。一説にその料金は、彫り1回あたり金1分(約2万円)ほどで、全体を彫るには5~7両(約40~56万円)くらいという大金がかかったとも。
彫る人のランクによって価格もピンキリだったとは思いますが、それにしても結構なお金が必要だったでしょうに、町人のみなさんはどうやってお金の工面をしたんでしょうか。気になるところです。