• 更新日:2017年6月25日
  • 公開日:2017年5月21日


ステップ4 彫師の技が冴える版木づくり


版下絵を受け取った彫師は、まず、版木に版下絵をのり付けします。

版画の場合、紙に摺ると彫ったものとは裏表が反対になるので、下絵は裏返して版木に貼り付けます。なので、裏返しても線がよく見えるように版下絵の紙はひじょーに薄いものでした。今でいえばトレーシングペーパーみたいな感じのものです。

ちなみに版木に使われた木材は山桜のもの。堅いうえに木目が細かく均一、濡れている時と乾いてる時とで木材に変化が少ないことから版木の素材にピッタリなのだとか。

さて、版下絵を貼ったら、小刀(こがたな)で紙ごと彫っていきます

版下絵を貼った版木を彫っている様子(『今様見立士農工商』「職人」部分 三代歌川豊国 画)
版下絵を貼った版木を彫っているところ。ここでは女性がやっていますが、あくまで美人画なので。実際の彫り師は男性ばかり(『今様見立士農工商』「職人」部分 三代歌川豊国 画)

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版下絵には髪の毛など細かな描線までは描かれていないので、細部の彫りは彫師の腕の見せ所

もっとも難しいのは髪の毛の彫り(毛割り(けわり))。

熟練技が要求されました。名人レベルの彫り師ともなると1ミリ幅に3〜4本もの髪の毛を彫ることができたとも。これぞ神ワザ!

こちらをご覧ください。

『東海道五十三駅 白須賀 猫塚』(三代歌川豊国 画)
『東海道五十三駅 白須賀 猫塚』三代歌川豊国 画
化け猫の細い髪の毛が、その触り心地まで感じられるほど繊細に表現されています。いかにも柔らかそう。

拡大してみるとーー




浮世絵の髪の毛の拡大。小刀で彫っている

どうです。この細やかさ。筆で描いているんじゃないですよ。小刀で彫っているなんて信じられないです。

ちなみにこちらの絵には彫り師の名前もちゃんと彫られています。こちら。

彫巳の(幕末の名彫師)

「彫巳の(ほりみの)」という名前の彫師です。

この「彫巳の」は幕末の名彫師として当時から有名で、若くからその超絶技巧を版木のなかで存分に披露していたそうです。一般的に、彫師が職人ワザを会得するには長い年月を必要としたので、「彫巳の」は一種の天才だったのでしょう。

こちらも有名彫師の作品。

『白井権八』(三代歌川豊国 画)
『白井権八』三代歌川豊国 画
こちらは実在の武士をモデルに生まれた「白井権八」という歌舞伎の主人公。色気がすごい。

この作品を手がけた彫師は「彫安」という人物で、髪の毛を彫る技術がズバ抜けていたため「鬢安(びんやす)」という異名もありました。

その神ワザを感じるのがこの部分。

鬢安(彫安)の彫りの技術

細い2本のほつれ毛。しつこいようですが、これ、彫っているんですよ。アンビリーバボー。

さて、彫師は彫る部分によって道具を使い分けながら、版木を彫り上げました。細かい部分は小刀や透鑿(すきのみ)、広い部分はのみと木槌でザックリと……という具合です。

『今様見立士農工商』「職人」部分(三代歌川豊国 画)
背景など広い部分はのみで大胆に彫ります。これを「さらい」といいます(『今様見立士農工商』「職人」部分 三代歌川豊国 画)

こうして「主版(おもはん)」もしくは「墨版(すみはん)」と呼ばれる版木ができあがります。

この時に重要な作業が「見当(けんとう)」という目印を版木に彫ること

この「見当」は摺り工程の際に紙がズレないようにするガイドライン。これがあることで多色摺の浮世絵でも色がズレないのです。

余談ですが、「見当はずれ」とか「見当違い」とかの「見当」はこの浮世絵版画の「見当」が語源です。

「主版(墨版)」ができあがったら、彫師は墨一色の版画を何枚も摺ります。今ならコピー機がありますが、江戸時代はもちろん複写も手作業です。先ほどの「見当」もちゃんと一緒に摺るのがポイントです。

このモノクロ版画は「墨摺」もしくは「校合摺(きょうごうずり)」と呼ばれるもので、絵師が色指定するのに使います

『東都芝愛宕山遠望品川海図』(昇亭北寿 画)の墨摺

これは『東都芝愛宕山遠望品川海図』(昇亭北寿 画)の墨摺。

最終的に色が全部のるとこんな風に大変身。

『東都芝愛宕山遠望品川海図』(昇亭北寿 画)

ワオ!ミラクル!!

彫りの次は摺師の出番かと思いきや、再び絵師の出番です。

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