木綿(コットン)の登場で「ふとん」業界に大変革が!


戦国時代になると陣幕や旗指物、火縄銃の火縄といった軍需目的から木綿の栽培が全国的に広まり、木綿が普及するようになります。

そしてついに、綿布に木綿わたをつめた敷きふとんが誕生します。また、掛けふとんにも大変革が起こり、こんなものが誕生しました。

夜着(江戸時代の木綿わた入り大型着物)
「夜着(よぎ)」と呼ばれる木綿わた入り大型着物です。これは江戸時代中期の北国にあるさる大名の嫁入り道具のひとつとして使用されたとっても豪華な夜着です。

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一説によると夜着の原型は鎌倉時代の武士が防寒用として直垂(ひたたれ)に綿を入れてつくった「直垂衾(ひたたれぶすま)」なんだとか。桃山時代になると「胴服(どうふく)」と呼ばれる綿入りの上着も登場します。

胴服(銀杏葉雪輪散辻が花染胴服)
「銀杏葉雪輪散辻が花染胴服(いちょうばゆきわちらしつじがはなぞめどうふく)」。画像引用元文化遺産オンライン
これは徳川家康が吉岡隼人という武将に贈ったといわれる胴服です。胴服は羽織の原型といわれるもので、昼間は上着として着て、夜は掛けふとんのように使用したとも。ただし、「直垂衾」も「胴服」も中に入っているわたは木綿ではなく絹の真綿だろうと推測されています。

江戸時代になると木綿が広く普及するようになり、17世紀半ば頃からは上・中流階級の武士や町人の間でも綿布に木綿わたを詰めた四角い敷きふとんが使われるようになり、「布団」が敷きふとんを指す言葉となりました。

『婦女風俗十二ヶ月』「杜鵑(ほととぎす)」部分 (勝川春章 画)
(『婦女風俗十二ヶ月』「杜鵑(ほととぎす)」部分 勝川春章 画)
現代のような四角い敷き布団が登場したとはいえ、この絵のようにわたの少ない“せんべい布団”がほとんど。農村などではまだまだ「むしろ」が敷き布団として使用されていました。また、夏場には次の絵のように茣蓙(ござ)を敷いて寝ることもあったようです。

『蚊帳美人喫煙図』(宮川長春 画)
(『蚊帳美人喫煙図』宮川長春 画)

『星の霜当世風俗 蚊やき』(歌川国貞 画)
(『星の霜当世風俗 蚊やき』歌川国貞 画)
蚊帳(かや)も夏の夜には欠かせない寝具のひとつでした。今でもたまに見かけますが、いかにも風情があっていいものです。

さて、前述しましたように掛けふとんとして登場したのが「夜着」です。こちらも17世紀半ば頃から上・中流階級の武士や町人の間で愛用されるようになり、時代が下ると庶民にも広く普及しました。

加賀藩で使われていた夜着
画像引用元:加賀友禅の店 ゑり華 えり華
これは加賀藩で使われていた夜着で、写真のように掛けふとんとして使用しました。夜着は衿(えり)と袖がついているため肩まですっぽり覆われ、保温性バツグンなのだとか。北国など寒い地方では木綿わたをたっぷり入れフカフカにしたのだそう。

夜着もピンキリでこれなどはかなり豪華。

『三侍』(宮川長春 画)
(『三侍』宮川長春 画)
派手です、見るからに高級そうです。掛けふとんにするにはもったいないくらいの豪華さです。夜着の生地も上質なものには絹が使われ、通常は木綿や麻が多かったとか。それにしても絵から漂う修羅場感……3人の関係が気になります。タイトルから想像するに3人とも男性のようなんですが……。

話を戻しまして、夏場には夜着ではさすがに暑苦しいので、夜着より小ぶりで木綿わたの量も少ない薄手の「掻巻(かいまき)」を使ったそうです。

『江戸自慢』「開帳の朝参」(歌川国貞 画)
(『江戸自慢』「開帳の朝参」歌川国貞 画)
夏の早朝のようす。画像左で寝ている女性が掛けているのは薄手の掻巻(茶色のやつ)。薄い敷き布団の上には茣蓙(ござ)が敷かれています。

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