世界に衝撃を与えた風景画の巨人
4人目
歌川広重(うたがわひろしげ)
広重の代表作といえば東海道五十三次を描いた『東海道五十三次』(保栄堂版/全55枚)。そのなかでもこちらの作品は傑作と名高い1枚。激しく降り出した夏のにわか雨に、必死に坂を駆け上る駕籠(かご)かきや坂を足早に下る農夫、そして激しい風にしなる竹薮。雨の音や足音、竹薮のざわめきなどが聞こえてきそうです。構図的にもおもしろく、雨、坂、竹薮の3つの斜線がジグザグを描くようになっています。また、竹薮は濃淡を変えた二重のシルエットが加わることで奥行きと動きが感じられます。
スポンサーリンク
直線とカーブが生むモダンさ
同じく『東海道五十三次』より。江戸湾を一望する高台からの風景です。坂道に軒を並べるのは茶屋や料亭。ちなみに、坂の向こうは現在の横浜にあたります。たくさんの船が行き交う江戸湾の水平線と、連なる店々の屋根とそれに続く坂の上の木がつくるカーブ、2つの線によりモダンな印象となりまるでポスターを見ているようです。
ちょいとお客さん、うちに泊まっていきなさいよ!
こちらも『東海道五十三次』より。御油は交通の要衝として栄え、たくさんの宿屋がありました。中央に描かれているのは「留女(とめおんな)」という女客引きで、とっても強引だったそう。団体旅行中の場合、グループのなかで弱そうな人に目をつけ捕まえると強引に宿へ連れて行ったとか。いわば人質です(笑)。この絵のなかでも、男性客が体格のよい留女にガッチリ掴まれ「ぐ、ぐるし~」といわんばかりの形相です。
見ていると吸い込まれそう
歌川広重晩年の傑作風景画シリーズ『六十余州名所図会(ろくじゅうよしゅうめいしょずえ)』(全70枚)より。鳴門海峡にある鳴門の渦潮(うずしお)が描かれているのですが、どうですかこの大迫力!岩に打ち付ける激しい波、そして目玉のようにも見える大きな渦潮。じっと見ていると吸い込まれそうです。ちなみに、この作品でも主役となっている藍色は、海外でその美しさが高く評価され「ヒロシゲブルー」とも呼ばれています。
幻想的な月
こちらも『六十余州名所図会』より。『六十余州~』は斬新な構図の作品が多いシリーズですが、この絵もかなり独創的なデザインですね~。描かれているのは「名月の地」として有名だったという現在の長野県にある冠着山(かむりきやま)の棚田に映る月の風景。実際にはこのようにすべての棚田に同時に月が映っているのを見ることはできないそうなのですが、フィクションならではの幻想世界です。月を映す右側の色のある景色と、夜景らしい左側のモノクロの景色とのコントラストが絶妙。
ゴッホの名画にこっそり登場
富士山を描いたシリーズ『冨士三十六景』より。相模川を下る筏(いかだ)の上で火を起こしている男がいます。見上げる富士山は夕焼けに包まれようとしています。こちらの作品、浮世絵の大ファンだったことでも有名なゴッホが彼の代表作のなかで描いていることでも知られています。その作品がこちら。
よく見ると背景はすべて浮世絵!ゴッホ、浮世絵好きすぎます。広重の「さがみ川」はどこにあるかというと、爺さんの上、富士山が見えています。もう1枚、広重の作品が背景に描かれています。こちら。
こちらはすぐわかりますね。爺さんの右上です。ゴッホ、歌川広重の大ファンです。
モネが愛した情感あふれる風景
広重が死の直前まで描き続けついに完成を見ることができなかった晩年の傑作シリーズ『名所江戸百景』(全118枚)。江戸の風景を、俯瞰からの視点やズームアップなどを取り入れ斬新な切り口と構図で見せ人気を博し、空前の大ヒットとなりました。
広重ファンのゴッホも同シリーズのうち「亀戸梅屋舗」という作品を模写していることは有名。この絵もシリーズのうちの1枚で、満開の藤を楽しむ人々でにぎわう春の亀戸天神が描かれています。大胆に描かれた藤の花と太鼓橋がインパクト大。
この情感あふれる風景に魅了されたのが印象派を代表する画家モネです。モネは浮世絵が大好きで、たくさんの浮世絵をコレクションしていました。また、“理想の庭園”としてモネがつくった庭には柳や藤、菖蒲(しょうぶ)などが植えられ日本風の太鼓橋が架かる睡蓮池がありますが、これも浮世絵の影響とか。特に広重のこちらの作品にかなりインスピレーションを受けているそう。
これはモネの「睡蓮の池 緑のハーモニー」という作品ですが、藤のかかる太鼓橋が描かれています。モネがいかに広重から影響を受けていたかわかりますね。
<歌川広重について>
江戸の火消しの家に生まれ、一度は家督を継ぐも幼い頃から好きだった絵の道に進むことを決め絵師となった変り種。北斎の晩年にさっそうと登場し、傑出した風景画で一世を風靡、人気絵師としての座を北斎から奪った傑物です。北斎同様に海外の画家に大きな影響を与え、ゴッホやモネが模写をしたことでも知られています。
いかがだったでしょうか?200年以上も昔の作品でありながら、今見てもすばらしい浮世絵の魅力というのは色あせないどころか、むしろ新鮮に感じます。