「日本三大幽霊」なら私を忘れないで! 60年も続いた怨念。実話をベースにした怪談とは?


「日本三大怪談」をご紹介したついでに、俗にいう「日本三大幽霊」もご紹介しましょう。

「え? 三大怪談に登場する3人の幽霊じゃないの?」と思いますよね、普通。でも、なぜか『牡丹灯籠』のお露さんに代わって、別の怪談からエントリーする場合もあります。

それが、こちら!




『累ヶ淵』の幽霊・累(怪談集『絵本百物語』より)
江戸時代後期に出版された挿絵入り怪談集『絵本百物語』で紹介された累。ものすごく怖いです。
怪談『累ヶ淵』に登場する幽霊、累(かさね)さん

『四谷怪談』など多くの怪談が実際の事件をベースにしているように、『累ヶ淵』も下総国岡田郡羽生村(現・茨城県常総市水海道羽生)を舞台に60年もの長きにわたり続いた恐ろしい怨霊事件がベースになっています。その事件というのがじつに悲惨、また悲惨。

羽生村に住む百姓・与右衛門に娘がひとりいた。名前は助(すけ)。後妻の連れ子で、醜い容貌と足が不自由だったことから与右衛門は助を嫌い、挙句、川に捨て殺害する(外道すぎる)。その後、後妻との間に女の子が誕生。しかし、「累(るい)」と名付けられたその娘は、死んだ助に生き写しであった。そのため村人たちは「助がかさねて生まれ変わった」と噂し、「るい」ではなく「かさね」と呼び恐ろしがった。

両親に先立たれながらも無事に成長した累は、病気で苦しんでいたところを助けた旅人と結婚する。が、幸せは続かず、夫となった男も見た目の醜さから累を疎むようになり、ついに川へ突き落とし殺してしまう(またか!)。累の死後、男は後妻を迎えるがすぐに死亡、何人後妻を迎えても次々と死んでしまった。

ようやく6人目の後妻との間に娘「菊」が誕生するが、菊に助と累の怨霊が交互に取り付き、菊の口からこれまで受けた非道を吐き出す。噂を聞いた祐天上人がその法力により助と累の怨霊を成仏させ、ようやく怨念の連鎖は断ち切られたのだったーー

菊に取り付いた累の怨霊(左)と対峙する祐天上人(右)(歌川豊国 画)
菊に取り付いた累の怨霊(左)と対峙する祐天上人(右)。祐天上人は「江戸時代最強のエクソシスト」ともいわれるほど霊力に優れた人物で逸話もたくさん(歌川豊国 画)
なんという凄惨な事件でしょうか。見た目が醜いとこんなひどい仕打ちをされなきゃいけないのかッ(憤怒)。そりゃ、末代まで祟りたくもなるってもんですよ。

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ちなみに、茨城県常総市にある法蔵寺というお寺には累一族のお墓が今もあります。

この累事件は江戸時代前期の『死霊解脱物語聞書』をきっかけに江戸時代を通じて広く流布され、歌舞伎や小説、落語などさまざまな形で取り上げられました。特に4代目鶴屋南北の『色彩間苅豆(いろもようちょっとかりまめ)』や初代・三遊亭円朝の怪談噺『真景累ヶ淵』は「累もの」の代表的な作品です。

怪談『累ヶ淵』の累を扱った歌舞伎作品(『稚馴染累詞(おさななじみかさねことば)』勝川春好 画)
「累もの」の歌舞伎作品のワンシーン。今まさに累が殺されようとしている(『稚馴染累詞(おさななじみかさねことば)』勝川春好 画)
さてさて次はちょっと趣向を変えて、怪談というか都市伝説です。

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