• 更新日:2019年9月13日
  • 公開日:2016年2月7日


帝王切開の第1回目は江戸時代


現在、逆子(さかご)や前置胎盤など自然分娩が困難な場合、帝王切開による出産が行われます。日本で最初に帝王切開が行われたのは、1852年。いまから160年以上前、ペリーによる黒船来航らへんです。残念なことに胎児は死亡してしまいましたが、母親は88歳まで生きたとか。

探頷術(水原三折 考案)
これは江戸時代後期の産科の医者・水原三折(みずはらさんせつ)が考案した「探頷術(たんがんじゅつ)」を図解したもの。

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なにをしているのかといいますと、円形にした鯨のヒゲを胎児のあごにひっかけて出しているのです。これは当時の最先端産科術で、これにより難産時の救命率が上がったといわれます。

それ以前は、逆子など難産の場合、妊婦の命を助けるのがやっとで胎児はあきらめるしかなかったのです。医学の発展はホントにすばらしいですね。

生まれた赤ちゃんが口にするのは他人の母乳!?


現代では「初乳(しょにゅう)」と呼ばれる分娩後数日だけ分泌される乳汁を生まれたての赤ちゃんに与えることは、新生児の免疫力を高めるなどの効果があるとされ推奨されています(方針は様々)。

しかし江戸時代には、新生児に初めての母乳を与えるのは母親以外の女性が普通でした。

女性が幸せそうな笑みを浮かべ授乳しているところ(喜多川歌麿 画)
女性が幸せそうな笑みを浮かべ授乳しているところ。この女性が赤ちゃんの母親か乳つけ親かは不明(喜多川歌麿 画)
これを「乳つけ(ちつけ)」または「チチアワセ」というのですが、女児には男児を持つ女性の母乳を、男児には女児を持つ女性の母乳を与えたんだとか。この風習には、丈夫に育ちますように……というおまじない的な意味もあったらしい。

ちなみに、「乳つけ」をした女性(乳つけ親)とは生涯にわたって擬似的な親子関係が結ばれたそうな。

子どもの健やかな成長を祈って


産まれたわが子の名前を考えるのは心躍るものですが、江戸時代赤ちゃんに名前をつけるのは誕生から7日目のことで「お七夜(しちや)」といいます。

誕生から男子なら32日目、女子なら33日目に行う「初宮参り(お宮参り)」は現代にも続く行事で、江戸時代に庶民にも広まりました。

『見立て十二支』「戌 神田明神宮参り」(橋本周延 画)
(『見立て十二支』「戌 神田明神宮参り」橋本周延 画)
これは明治時代浮世絵。神田明神に初宮参りに来た家族です。赤ちゃんを抱いているのはお姑さんで、母親は左側。親類知人が犬張子を贈る風習があったそうで、たくさんの犬張子がいます。かわいい。

生後100~120日目には「御喰初(おくいぞめ)」の儀式が行われました。これは「生涯、その子が食べ物に困らないように」との願いを込め食事のまねごとをする儀式で、今でも行われます。なんと平安時代から行われているそう。

『絵本栄家種』(勝川春潮 画)
(『絵本栄家種(えほんさかえぐさ)』より、勝川春潮 画)
赤ちゃん用のかわいらしいお膳に食事がのっています。右から2番目にいる女性が母親で、その懐に赤ちゃんが抱かれていますね。

出産時のリスクも乳幼児のリスクも現代より格段に高かった江戸時代、節目節目で子どもの健やかな成長と願い、感謝しました。元気に成長して欲しい、その気持ちは時代が変わっても同じですね。

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