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江戸美人が目指すは、素肌感のある自然なツヤ
江戸メイクの基本3色「白・黒・赤」のうち、まず白のお話し。「色の白いは七難隠す」ということわざがあるように、江戸時代の女性も肌の白さに並々ならぬこだわりがありました。
現在のファンデーションにあたる白粉は「白」1色でしたが、女性たちは白に濃淡をつけることによって顔の表情を豊かにしました。また、白粉は顔だけでなく、あご下、首すじ、襟、さらには胸のあたりにまで塗りました。
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鏡台をよく見ると、抽斗(ひきだし)が前ではなく、右に開くようになっています。これは、より鏡に顔を近づけられるための工夫。なかには刷毛や紅猪口(べにちょこ)などメイク道具がたくさん。
白粉を塗るときに使った道具。三段重ねになっており、一番下の深い容器に水を入れ、上の二段で濃さを調整しなが白粉を溶きました。
先ほど登場したトータルビューティーマニュアル『都風俗化粧伝』にも、「白粉をする伝」として白粉の塗り方が事細かに解説されています。目指す仕上がりはムラのない素肌感のある自然なツヤ。では、手順を見ていきましょう。
- 白粉をよく溶く
- 水は少しずつ入れて丁寧に溶くべし、とあります。白粉の溶きが悪いとムラの原因にもなり、仕上がりのツヤも見苦しいとのこと。ちなみに、白粉を溶く水に清潔な雪解け水を使うと、美白や肌荒れに効果があるとか。
- 白粉を丁寧に塗る
- 白粉は何度も刷毛で刷いてよく伸ばすことが大事!塗っては落としを繰り返すことにより肌の表面に白粉の薄い膜ができ、肌本来の色を生かした自然なツヤが出たのだとか。昔から「キレイ」は努力の賜物だったようです。
メディアミックス宣伝で人気商品となった白粉
江戸の女性たちに大人気だった白粉に「美艶仙女香(びえんせんにょこう)」というものがありました。
この商品名は、当時の人気女形・三世瀬川菊之丞の号「仙女」にちなむもの。こちらの浮世絵はその菊之丞自身が「仙女香」を持っています。
このように女性に人気の役者絵に商品を登場させることで宣伝したのです。タイアップですね。浮世絵のほかにも、書物にさりげなく登場させたり、プレゼント戦略を行ったりと「仙女香」はさまざまなマーケティングをして人気商品となりました。現代の化粧品宣伝と変わらないことに驚き。ちなみに、「仙女香」は1包で48文(約960円)でした。
町人文化が花開いた文政期(1818~30)頃までは庶民も白粉をしっかり塗っていましたが、ぜいたくを禁じる「天保の改革」を境にだんだんと薄化粧になっていき、幕末には白粉を塗らない女性も少なくなかったそうです。
ちなみに、江戸時代の白粉は水銀を原料とした「軽粉(けいふん)」と、鉛を原料とした「鉛白粉」の2種類がありました。特に鉛白粉は大量生産され入手しやすく、ノビのよいということで庶民に人気がありました。
しかし、鉛といえば有毒。じつは、白粉による鉛中毒も少なからずあったようで、そのため鉛白粉は明治になると問題視されるようになりましたが、人気が高く、製造が禁止されたのは1934年(昭和9)のことでした。