庶民の読書熱のウラに貸本屋あり
ベストセラー紹介の前に江戸時代の出版事情について。江戸時代前期の1624~44年頃、木版印刷が普及すると商業出版が本格的にスタートし、本が一気に身近になりました。
当初、出版業界の中心は京であり、出版物も仏書や歴史書など硬派なものばかりでしたが、絢爛な文化が花開いた元禄期(1688~1704年)になると、大坂で井原西鶴の『好色一代男』が大ヒット。娯楽作品のヒットは出版革命を起こしました。
さらに江戸時代中期になると江戸でも出版業が本格化。娯楽小説をはじめ実用書、ハウツー本、教育本、ガイドブックなど次々に新しいジャンルが開拓され、様々なベストセラーが生まれました。
一説に江戸時代には「ベストセラー」に似たような言葉として「千部振舞(せんぶぶるまい)」というのがあったとか。祝!1000部達成!!ということで本屋は総出で氏神さまへお参りに行ったそう。
出版業界の盛況により本屋も増加、本はさらに身近になります。ただ、現代に比べると本の値段が高かった江戸時代、庶民は本を買うのではなくレンタルして楽しみました。そこで活躍したのが貸本屋(かしほんや)です。
江戸時代後期には江戸だけで656軒もの貸本屋があったそう。1軒あたり得意先を170ほど抱えていたといわれるので、ざっと計算しただけで10万軒以上の人々が貸本屋を利用していたことになります。
さらに、レンタルした本を回し読みするなんてことも普通だったそうなので、読書人口はものすごいことになったようです。
貸本屋のシステムは現代とほぼ同じ。借りる日数によりレンタル料が決まったり、延滞料や紛失・破損による弁償代なんかも発生したそう。また、貸本屋の目玉商品といえば、本屋で扱えない発禁本。内容は政治批判や海外事情、エロティックな「艶本(えほん/えんぽん)」など。
前置きが長くなりましたが、まずは娯楽小説のヒット作を紹介していきます!
今もファン多し! 全106冊で綴る伝奇ロマンの最高峰
<1作目>
『南総里見八犬伝』(1814~42年)
曲亭馬琴 作
~あらすじ~
舞台は室町時代の安房国(現・千葉県)。「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌(てい)」の珠と牡丹の形をした痣をもつ宿縁で結ばれた8人の若者「八犬士」が、里見家再興を願い悪と戦う波乱万丈のスペクタクルストーリー。
舞台は室町時代の安房国(現・千葉県)。「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌(てい)」の珠と牡丹の形をした痣をもつ宿縁で結ばれた8人の若者「八犬士」が、里見家再興を願い悪と戦う波乱万丈のスペクタクルストーリー。
因果応報・勧善懲悪をテーマにした大人の長編小説「読本(よみほん)」の傑作です。映画や舞台、アニメにもなっているので、作品名を聞いたことのある人も多いのではないでしょうか?
『南総里見八犬伝』は、作者・曲亭馬琴のライフワークであり、完成までに28年もの歳月がかかりました。晩年、馬琴は失明し執筆が不可能となりましたが、息子の妻に口述筆記させることで作品を完成させました。すさまじい執念。
キャラが立っていて名シーンが多い『八犬伝』はメディアミックスにうってつけだったようで、歌舞伎や人形浄瑠璃になったほか、浮世絵、双六、手ぬぐいなどさまざまな商品展開でさらに人気を集めました。
ここがヒットのポイント!
主人公である八犬士はもちろん、特にアクの強い悪役たちのキャラクターが魅力的。バトルシーンのハラハラ感、勧善懲悪のわかりやすいストーリーで読後感もバツグン。
主人公である八犬士はもちろん、特にアクの強い悪役たちのキャラクターが魅力的。バトルシーンのハラハラ感、勧善懲悪のわかりやすいストーリーで読後感もバツグン。
また、大長編なのでダイジェスト本も大人気になったほか、八犬伝はエロパロが春画にもなっていました。
あまりの人気に版木が摩耗!?
<2作目>
『傾城水滸伝(けいせいすいこでん)』(1825〜35年)
曲亭馬琴 作
~あらすじ~
舞台は鎌倉時代初期の後鳥羽院の時代。後鳥羽院の寵愛を受けこの世をほしいままにする傾城・亀菊に、源頼時の息女・三世姫を擁立した烈婦たちが戦いを挑む!
舞台は鎌倉時代初期の後鳥羽院の時代。後鳥羽院の寵愛を受けこの世をほしいままにする傾城・亀菊に、源頼時の息女・三世姫を擁立した烈婦たちが戦いを挑む!
こちらも馬琴によるベストセラー。馬琴先生はとにかくヒットメーカーで『椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき』もベストセラーで代表作。さすが原稿料だけで生活できた日本最初の作家といわれるだけはあります。
『傾城水滸伝』はタイトルからもわかるように中国の超有名伝奇小説『水滸伝』を馬琴流に書き換えたもの。なんと『水滸伝』の英雄・豪傑たちが賢妻・烈婦に大胆アレンジされています。なんだか山田風太郎先生がやりそうです。
勇ましく個性豊かな女性たちが大活躍する本作は人々の心をつかみ大ヒット。あまりの人気に版木が擦り切れ、2度も新たに彫り直したそう。
ここがヒットのポイント!
日本でも超有名な作品を、男女の性別を丸ごと入れ替えるという大胆なアレンジで全く別の物語として生まれ変わらせた。
日本でも超有名な作品を、男女の性別を丸ごと入れ替えるという大胆なアレンジで全く別の物語として生まれ変わらせた。
しかし、完成することなく作者の馬琴が死去。別の作家が『女水滸伝』という新たなタイトルで続きを執筆し完成させたんだとか。馬琴先生、さぞかし無念だったことでしょう。
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