実写映画『春画と日本人』の感想

話題の実写映画『春画と日本人』を観てきました

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日本初の大規模春画展として2015年に大きな話題となった『春画展-SHUNGA-』。3ヶ月で21万人もの来場者を集めた異例ともいえるほどの人気を博した展覧会が実現した舞台裏にあった苦労と困難、日本人の「春画」に対する意識の変化などを描いた画期的ドキュメンタリー実写映画を観てきました。

文化記録映画『春画と日本人』


2019年9月28日に上映がスタートした実写映画『春画と日本人』。同作はドキュメンタリーで、中野区にあるポレポレ東中野という小さな映画館での上映ですが、高い注目を集めています(順次全国公開予定)。


実写映画『春画と日本人』のチラシ
メガホンを取ったのはドキュメンタリー映画監督の大墻敦(おおがきあつし)。同作はもともと教育・研究目的の自主上映会のためにつくられたものらしい。

描かれているのは2015年9月に開催された『春画展-SHUNGA-』の舞台裏。その日本初の大規模春画展は、文京区にある「永青文庫」というとても小さな私立博物館で開催されました。

当時、平均年間来場者数が2万人の「永青文庫」に押し寄せた人数は3ヶ月で21万人。

つまり、わずか3ヶ月で10年分の来場者が訪れたのですから、この企画への異常ともいえる注目ぶりがうかがえます。


展覧会『春画展-SHUNGA-』のチラシ。シンプルかつオシャレでいやらしさがないところがポイント。



もともとロンドンにある大英博物館で開催され大成功を収めた「春画展」の日本巡回展として企画された展覧会でした。

しかし、ことは順調に運ばず、東京都国立博物館をはじめとする国立・公立の博物館はいずれも開催に難色を示し企画は挫折。

最終的に私立の小さな博物館で新しい展覧会として開催することが決定したのだとか。

そこまで展覧会開催が難しかったのは一体なぜか? というのがこの映画のテーマになっています。

春画は「わいせつ」なのか?


ご存知のかたも多いと思いますが、春画とは性の営みを描いた絵画のこと。
男女がメインではありますが、男同士、女同士、異形や動物(獣)との性行為などバラエティは豊か。古くは平安時代から描かれてきた春画ですが、印刷技術が発達した江戸時代に庶民層が楽しむまでに広がりました。

葛飾北斎喜多川歌麿歌川国芳ら世界にその名を知られる天才絵師たちも数多くの春画を手がけており、その作品はセックス絵というよりもはや芸術品の域。


春画の最高傑作ともいわれる喜多川歌麿の『歌満くら』


葛飾北斎(隠号 鉄棒ぬらぬら)による斬新すぎる蛸(タコ)と美女との性行為(『喜能会之故真通』より)

ここですこし余談。

「春画展」しかり今回のドキュメンタリー映画しかり、春画は題材が題材なだけに都の条例により“18歳未満はお断り”というアダルトジャンルにカテゴライズされます。ですが、江戸時代には武士も貴族も庶民も老若男女問わず誰もが春画に親しんでいました

当時の春画は「笑い絵」と呼ばれていたように、クスりと笑って楽しむものでした。また縁起物であり嫁入り道具の定番でもありました。性に対しものすごくおおらかだったんですね。

ちなみに、春画で性器がやたらとデフォルメ表現されるのは、普通に描くよりデフォルメした方が面白いから。あと、性器はオメデタイものだから、などなどいろんな理由があります。


とにかくこれでもかというほどの巨根(『色道取組十二番』より 磯田湖龍斎 画)
とはいえ、江戸時代にたびたび行われた幕府の改革では春画も「風紀を乱す」として規制の対象となり、本屋などでの店頭販売は禁止されました。

そこで春画が選んだ道が、アングラ出版&貸本屋によるレンタル流通。幕府の規制をムシして絵師が表現力の限りを尽くし、彫師が持てる技術を駆使した結果、芸術作品として春画は独自に発展していきました。一点モノである肉筆春画の美麗さはすごいのひと言です。


肉筆春画の傑作『春の戯れ』(鳥文斎栄之 画)
鳥文斎栄之による肉筆春画の傑作『春の戯れ』。色合いの柔らかさと華やかさが素晴らしい。

時代が江戸から明治時代に変わり、文明開化を推し進める明治政府はオープンだった性に対する意識をよしとせず、性をタブー視するようになり、春画もさらに厳しく弾圧され数多くの春画や版木が燃やされ、名品の多くが海外へ流出したそうです。

流出先の海外で先に春画の芸術性が評価されたのは皮肉というかなんというか……。

そして、海外から西洋画の裸婦像が大量に入ってくるようになるとそちらは「芸術品」としてもてはやされ、春画は「わいせつ物」として疎外され、その意識は根強く現代にまで受け継がれているのだそうです。



私立の博物館だからできた春画展


話を映画『春画と日本人』に戻します。

大英博物館という世界的博物館で大成功を収めた春画展の日本巡回展が結局実現しなかった裏には、この意識があったからだそう。

「春画なんていうハレンチなものの展覧会をしたらヘタしたら逮捕者が出る」「博物館のメイン来場者である女性からクレームが絶対にくる」などの理由から、国立・公立の博物館は開催場所になることを断ったのだとか。現場レベルでは賛成しても、トップにいくと反対意見が出た、とうのはいかにも日本らしいな、と思いました。

また、日本の国立・公立博物館が文化庁の管轄にあることも春画展開催が難しい理由のひとつなんだとか。「教育」も「芸術」も統括する文化庁にあって、18歳未満お断りの春画が教育的によろしからず、という反応になるのはまぁわからなくもないけど。

そんな状況にあって、春画展開催に手をあげたのが私立博物館「永青文庫」。展覧会の開会式のあいさつで現理事長の細川護煕元首相が「開催を決めたのは義侠心」と語っていたのが印象的でした。

北斎漫画コレクターとして世界的に有名な浦上満さんをはじめ、展覧会開催に関わった方々の春画に対する愛情と現状への憤り、春画展が大成功をおさめたことで今後が変わることへの期待、それでもまだまだ根強い春画への風当たりの強さなど、展覧会に足を運ぶだけでは知ることができなかった裏側を垣間見ることができる貴重な映画でした。


「春画展」で展示されていた春画のひとつ。構図とか表現とかチラ見せの具合とかめちゃくちゃオシャレ!女性の手と目が特に魅力的(『会本拝開夜婦子取』より 勝川春章 画)。画像引用元:インターネットミュージアム
かつて春画の画集は、修正やトリミングだらけの無粋なものばかりだったけれど、今では無修正の春画画集がたくさん店頭にも並んでいます。それでも実物の春画を展示するのがこんなに難しく、難色を示す保守派がたくさんいることに驚きました。

永青文庫の春画展が大成功した直後、京都の細見美術館でも巡回展が行われ、こちらも10万人以上が来場し話題になりました。なのに、それから今に至るまで大規模な春画展が開催されていないということにちょっと衝撃。研究者のなかでも春画を専攻する人は少ないそうなので、本当に根深い問題があるんだなぁ、と。

いつか東博や国立新美術館などで大規模な春画展が開催されるときがきたら、その時こそ春画の新しい時代が始まるのかもしれないですね。


「春画展」のチラシにも採用された鳥居清長の傑作春画『袖の巻』のひとつ。横に細長い画面の特徴を最大限にいかした構図の妙はうなるしかない。

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