江戸時代の傑作春画を紹介

【展覧会で話題】あの浮世絵師たちが描いた春画は、性と笑いの傑作だった【10選】

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男女や同性のセックスを描いて人気を博した浮世絵『春画』。春画は江戸時代のエロ本と思われがちですが、 実は、性的な描写だけでなくユーモアもあふれていたので「笑い絵(笑絵)」とよばれていました。武士も庶民も大らかに楽しんだ、江戸時代の傑作春画を紹介します!

最近、展覧会でも人気の春画。意外と知られていないのですが、江戸時代の大物浮世絵師のほとんどが春画を描いていました。世界に誇る天才・葛飾北斎、猫大好きな奇想の絵師・歌川国芳、美人画の大家・喜多川歌麿などなど。春画は稿料が高かったので、生活のためイヤイヤながら描いていたのでは?ともいわれますが、出来上がった春画やペンネームからはノリノリな感じが伝わってきます。江戸の六大浮世絵師を中心に、歴史に残る傑作春画&とんでも春画をご紹介します!


有名絵師1人目
葛飾北斎(かつしかほくさい)

春画用ペンネームは鉄棒ぬらぬら、紫色雁高(ししきがんこう)。江戸時代どころか日本を代表する絵師。代表作の「凱風快晴」(通称、赤富士)「神奈川沖浪裏」をはじめとする『冨嶽三十六景』や『北斎漫画』は、絵に興味のない人でもなんらかのかたちで一度は目にしたことがあるはず!生涯現役。引越し魔。

触手モノの元祖!?

「蛸と海女」

これは艶本『喜能会之故真通』(きのえのこまつ)のなかの木版画の1枚で、海女が2匹の蛸に襲われています。いわゆる『タコ(蛸)の春画』として有名なこの作品の作者は北斎です。いまでいう触手ものですが、これ150年前ぐらいの作品です。葛飾北斎、時代を先取りしすぎ。
興味のある方のため地文をざっくり現代語訳すると、

大だこ「いつかいつかと狙ってた甲斐あって、とうとう捕まえたぞ。むっくりしたいい秘所だ。さあさあ、吸って吸って吸い尽くして堪能してから、いっそ竜宮へ連れて行って囲ってやろう」


ちなみに、この地文を手がけたのも葛飾北斎です。イヤイヤやっていた仕事とは思えません。

 

男女の顔が性器

『萬福和合神』上巻の表紙絵

北斎が74歳の時に手がけた艶本『萬福和合神』の表紙絵です。
葛飾北斎は70歳を越えたあたりからいよいよ凄みを増すのですが、これも老いを感じさせない一枚。
モチーフとなっているのは、江戸時代にもしばしば画題となった古代中国の変わり者の隠者である寒山と拾得を描いた「寒山拾得図」というもの。手を取り合ってとっても仲よさそうなのが微笑ましい。


女性の足のいやらしさが秀逸

『富久寿楚宇(ふくじゅそう)』より

漁師と海女のカップルがはげんでいるところ。左下に貝がたくさん入った籠も見えます。乱れて流れる黒髪が和のエロスを感じさせます。地文によりますと、ほかの漁師と浮気しているというデマを必死に否定する海女に対し、漁師はそんなことより今はアツいセックス楽しもうぜ!といっております。
漁師の着物のデザイン、海女の赤い腰巻や黒い髪など色彩も鮮やかで、さすが北斎という感じですね。


有名絵師2人目
鈴木春信(すずきはるのぶ)

江戸時代中期に活躍。お茶屋のアイドル「笠森お仙」など、線の細い華奢な少女を得意とした浮世絵師。鈴木春信の春画はパステルカラーで描写もひかえめ。エロかわいく、発想がユニークな浮世絵をご紹介します。

小人の大冒険

『風流艶色真似ゑもん』より

春信の艶本『風流艶色真似ゑもん(ふうりゅう えんしょく まねえもん)』(1770年)は、秘薬で小さくなってしまった主人公・浮世之介が「真似ゑもん(まねえもん)」と名乗り、色道の奥義を探求するという物語。

小人になって情事を覗こうというアイデアが250年以上前から存在していたことに驚きます。


さて、この春画にも小人の主人公「真似ゑもん(まねえもん)」はいます。
どこにいるかというと……


 



ここですね。
右上の文机の脚の穴から指をくわえて情事を見ています。


ちなみに、部屋の外に目を向けると、

 


猫も交尾してます。猫などの動物も脇役として春画によく登場し、見る者の笑いを誘います。

この春画はまさに笑い絵といった感じで、性的なきわどさはなく全体にほのぼのしています。『風流艶色真似ゑもん』は人気作だったようで、続編や類似品も出たとのこと。

 

 
子どもそっちのけ

『風流座敷八景』より「扇子晴嵐」

18世紀半ば頃に制作された春信の艶本『風流座敷八景』は8枚の春画が収録されていますが、これはそのなかの1枚。一見すると女性同士の交わりに見えますが、右の人物は男性です。若いイケメンの扇子売りです。

イケメン扇子売りが商品の扇子を取り出そうと背中を向けたところ、欲求不満だったのかなんなのか、お客であるご婦人が襲いかかってきた、これはそんな場面です。絵の左下で、女性の子どもと思われるチビっ子が「われ関心なし」と金魚とたわむれているのがなんともシュール。

ちなみに春画には子どもがよく登場し、セックスの邪魔をしたりイタズラしたりしています。これは「笑い絵」と呼ばれた春画らしい笑いを誘う手段のひとつだったと考えられています。

鈴木春信の春画はどこかほのぼの感が漂っています。


有名絵師3人目
歌川国芳(うたがわくによし)

春画用ペンネームは一妙開程よし(いちみょうかいほどよし)。これは画号の「一勇斎国芳」をもじったもの。江戸時代末期を代表する浮世絵師。斬新なデザイン力、ユニークなアイデアは比類なし。大の猫好きとしても有名で、猫もたくさん描いた

男の流し目にあふれる色気

『枕辺深閨梅(ちんぺんしんけいばい)』より

国芳による艶本『枕辺深閨梅』(1838)のなかの1枚。男のほうは啓一郎という悪党なのですが、ワルい男の危ない色気が目つきに集約されているようですね。


やっぱり猫が好き

艶本『華古与見(はなごよみ)』より

これは旦那が奥さんの女性器をじっくり見ている場面です。恥ずかしがってふとんに隠れる奥さんがいじらしい。「見るは法楽、見られるは因果」だそうです。

この春画、注目は左上。


屏風の陰によく見ると猫発見。
さすが大の猫好きとして有名な国芳、こんなとこにまで猫を出しちゃってます。


有名絵師4人目
喜多川歌麿(きたがわうたまろ)

春画用ペンネームは不埒茎。

漂う濃艶な空気

『歌満くら』(1788年)より

春画の最高傑作ともいわれる、美人画の大家・歌麿による春画集『歌満くら』。これは茶屋の2階にある座敷で睦み合う男女を描いたものです。露出度は低いながら、画にただよう空気感がなんともエロス。 赤い腰布からのぞく真っ白なオシリ、透け感のある紗の羽織、なにより女の髪越しにチラリと見える男の目!すばらしい!
※画像をクリックすると拡大画像が表示されます。ぜひごらんください。


有名絵師5人目
鳥居清長(とりいきよなが)

江戸時代中期から後期にかけて活躍した浮世絵師。8頭身とも9頭身とも思われるスラリとしたモデル顔負けの美人画で一世を風靡しました。

横になが~い清長春画の最高傑作

『袖の巻』より

12枚揃いの艶本『袖の巻』(1785)は縦12cm、横67~73cmととっても横に長い珍しいスタイルが特徴。鳥居清長というと、8頭身とも9頭身とも思われるスラリとしたモデル顔負けの美人画で有名で、なんとなく縦に長いイメージですが、それをガラッと覆してくれます。それにしてもこんなに横長なのにぜんぜん窮屈さを感じさせない構図の妙。しかし、2人ともニッコニコで幸せそうですね~。

のほほんとした女性の表情に注目

『色道十二番(しきどうじゅうにつがい)』より

清長による12枚揃いの艶本『色道十二番』(1785)のなかの1枚。こちらの女性もニコニコと幸せそうな表情が印象的です。清長の春画はこういった大らかで温かみのある作品が多いようです。


有名絵師6人目
歌川国貞(うたがわくにさだ)

春画用ペンネームは婦喜用又平(ぶきよまたへい)。江戸末期に絶大な人気を博した浮世絵師。幕末の退廃ムードを漂わせる美人画や役者絵で有名。のち三世歌川豊国(自身は二世を称した)。

ベストセラーのパロディ

『恋のやつふぢ』(1836年)

江戸時代後期の人気絵師・歌川国貞による艶本『恋のやつふぢ』は、江戸時代を代表する曲亭馬琴による超ロングセラー『南総里見八犬伝』のエロパロディ。パロディは本気じゃないと面白くないので、本文・挿絵・キャラクター名など原作に忠実です。ただ、原作に登場する伏姫は「佐世姫(させひめ)」、伏姫の飼い犬・八房(やつふさ)は美少年に変化する妖犬「八総(やつぶさ)」に変更されています。


さて、『八犬伝』では、飼い犬が姫に恋をしてしまうところから物語がはじまります。ただ、あくまで八房と伏姫は関係を持っていません。

一方、パロディ『恋のやつふぢ』ではどうか?
絵のとおり、佐世姫は犬の八総に犯されてしまっています。

うーむ。

 

さらにいってしまえば、この春画、なぜ黒丸で切り抜かれた構図になっているかというと、この光景を佐世姫の父親が遠くから望遠鏡で見ているからなんです。

 
これはね、カオスですよ。

 

200年後の現代人でさえどう受け止めていいか困惑する世界観。春画、マジ半端ないです。
ちなみに、『南総里見八犬伝』のほか『仮名手本忠臣蔵』『東海道五十三次』など、当時の人気作は、春画によってパロディが生まれています。

最後に。春画についての素朴な疑問をまとめました。

よくある春画の疑問

疑問「東洲斎写楽は春画を描いてないの?」
いわゆる六大浮世絵師(鈴木春信、鳥居清長、喜多川歌麿、東洲斎写楽、葛飾北斎、歌川広重)のなかで、唯一まだ春画が発見されていないです。謎おおき写楽らしく、春画を描いていたかも謎のままです。
疑問「男性器がやたらと大きいのはなぜですか?見栄ですか?」
性器のデフォルメは春画の特徴のひとつですが、その理由についてはいろいろあります。たとえば、生殖器に対する崇拝・信仰からくるという説、男性器を縁起ものとして考えていた説、「笑い絵」ならではのユニークさを追求した結果説などなど。
ちなみに、幕末に春画が海外に流出した際、春画を見た外国人は「東の果てにとんでもない巨根民族が存在する」と度肝を抜かれたという話もあります。
疑問「なんでだいたい着物を着たままなの?」
全裸同士という春画はあまりありません。着衣がほとんどです。その理由は、春画はただのエロ目的でないからです。じつは、呉服屋さんとタイアップした作品も多く、その宣伝も兼ねていたのです。
ですから、着物の美しさ、流行のスタイルをちゃんと描くことも春画の大事な役割だったのです。この着物の美しさ表現にも浮世絵テクニックが駆使されています。
疑問「春画のルーツや呼び名は?」
もともと中国から輸入された医学書とともに入ってきた体位の解説図が始まりといわれます。春画という名称も明代の中国で大流行したセックス絵「春宮画」の略称とも。そもそも農業大国日本においてセックスは繁栄の証であり五穀豊穣の祈りに通じるものとして、生命力あふれるメデタイもの。そのため、戦国時代には甲冑を入れる具足櫃に入れて出陣すると勝つという俗信が生まれ「勝ち絵」と呼ばれていました。また、江戸時代には性教育のテキスト兼夫婦和合の縁起物として花嫁道具のなかに忍ばせ娘に持たせる風習もあったそうで、「枕絵」などとも呼ばれていました。
疑問「春画って規制されていなかったの?」
たびたび出版禁止になっていました。1722年(享保7)の「享保の改革」で好色本が禁止されたのを皮切りに、「寛政の改革」(1787~93)「天保の改革」(1830~43)と幕府による改革が行われるたびに発禁となり、店頭販売も自粛されました。しかし、そこはタフな江戸の人々。規制の目をかいくぐって制作を続け、貸本屋が各家を行商することで春画は楽しまれ続けました。
また、発禁になって表に出なかったからこそ、規制にとらわれない豪華な極彩色の作品もつくることができ、浮世絵技術をいかんなく発揮できる場となり、バラエティ豊かな春画世界が生まれることになったのです。

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