年齢で見る江戸時代の人物

44歳で亡くなった江戸時代の人物・偉人

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該当する江戸時代の人物・偉人

亡くなった年齢でまとめることで意外な発見があります。

大石内蔵助

大石内蔵助

おおいしくらのすけ

出身
播磨藩
生年月日
1659年0月0日
没年月日
1703年3月20日
年齢
満44歳没

江戸時代前半の武士、播磨国赤穂藩の筆頭家老。『忠臣蔵』こと『仮名手本忠臣蔵』で知られる「元禄赤穂事件」で赤穂浪士たちを率い宿願を果たした。本姓は藤原、「良雄」は諱で、通称(仮名)は「内蔵助」。一般に「大石内蔵助」の名で広く知られる。幼名は松之丞。10代の時に父、祖父が他界したため、若くして領地と「内蔵助」の通称を受け継ぎ、21歳で赤穂藩の筆頭家老という重職に就いた。平時においては「昼行灯」とあだ名されるほどの凡庸な家老だったといわれるが、1701年、勅使接待役の赤穂藩主・浅野長矩が接待役指南の高家肝煎・吉良義央を江戸城松之廊下で斬りつけるという刃傷事件が起きる。これに将軍・徳川綱吉が激怒... (続きをみる

大石内蔵助の名言
極楽の 道はひとすぢ 君ともに 阿弥陀をそえて 四十八人
大塩平八郎

大塩平八郎

おおしおへいはちろう

出身
摂津藩
生年月日
1793年3月4日
没年月日
1837年5月1日
年齢
満44歳没

江戸時代後期の儒学者で、幕府に対し起こした反乱「大塩平八郎の乱」の首謀者。通称は平八郎、諱は正高のち後素(こうそ)、字は子起、号は中斎。家紋は揚羽。大坂町奉行組与力を代々務める大塩家の八代目として、大坂天満にて生まれる。不正を嫌う厳格な性格で町奉行の役人として辣腕を振るった。38歳の頃に与力の職を辞し、実践を重視する儒学の一派「陽明学」を独学で学び、自宅に私塾「洗心洞」を開くと子弟の教育にあたった。「天保の飢饉」の際、奉行所に窮民救済を進言するも聞き入れられず、平八郎は蔵書を売って救済にあたった。しかし、飢饉による米価高騰などの影響で各地で一揆が勃発するなか、平八郎は武装蜂起を決意、18... (続きをみる

市川團十郎(初代)

市川團十郎(初代)

いちかわだんじゅうろう(しょだい)

出身
武蔵藩
生年月日
1660年0月0日
没年月日
1704年3月24日
年齢
満44歳没

元禄期(1688~1704)に江戸で活躍した歌舞伎役者。超人的な力を持つ正義のヒーローが活躍する豪快で力強い演技が特徴の「荒事」を創始し、江戸歌舞伎を代表する役者として絶大な人気を集め、現在で12代を数える歌舞伎の名家・市川宗家の基礎を築いた。また、「元禄見得」と呼ばれる見得を考案した。本姓は堀越、幼名は海老蔵。父は甲州出身で「菰の十蔵」の異名を持つ侠客(ヤクザ)だったという。幼少期については記録に乏しい。やがて芝居の道に入り14歳の時に初舞台を踏んだと伝わる。はじめ市川海老蔵と名乗り、その後、市川團十郎と改名、1680年(延宝8)に演じた『遊女論』の不破伴左衛門が当たり役となり注目を集... (続きをみる

谷風梶之助(2代)

谷風梶之助(2代)

たにかぜかじのすけ(にだいめ)

出身
陸奥藩
生年月日
1750年9月8日
没年月日
1795年2月27日
年齢
満44歳没

江戸時代中期に活躍した大相撲力士。江戸相撲を代表する大横綱で、歴代横綱の第一人者(第4代横綱だが実質的に初代横綱とされることも)。本名は金子与四郎、愛称は古今十傑、仙台の谷風など。身長188cm、体重160kgと非常に巨漢だった。生涯成績は258勝14敗16分16預5無112休。陸奥国宮城郡霞目村(現・宮城県仙台市若林区霞目)の豪農の家で生まれる。幼少時から怪力だったという伝説が残る。1768年(明和5)に「秀の山」の四股名で力士となり、翌年、「伊達関森右ェ門」に改名し初土俵を踏んだ。その後、徐々に頭角を現し「2代目谷風梶之助」と改名、1781年(天明元年)には大関となり、“史上最強の力... (続きをみる

No
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稲葉正休

いなばまさやす

出身
武蔵藩
生年月日
1640年0月0日
没年月日
1684年10月7日
年齢
満44歳没

江戸時代前期の旗本、大名。美濃国青野藩の藩主。春日局の子・稲葉正勝の甥にあたる。父・稲葉正吉の死後、その遺領である美濃国青野5000石を継いだ。小姓組番頭、書院番頭、近習を経て若年寄に出世、加増され大名に列するなど順調に出世街道を進んでいた。しかし、1684年(貞享元年)、江戸城において大老・堀田正俊を刺殺するにおよぶ。正休もその場にいた老中・大久保忠朝らに斬殺された。堀田正俊を暗殺した理由については諸説あるが不明。事件により稲葉家は改易処分となった。大老・堀田正俊は傲慢な性格で権勢をほしいままにしていたため、正休に同情する声が多かったといわれる。 (続きをみる

中村勘助

中村勘助

なかむらかんすけ

出身
陸奥藩
生年月日
1659年0月0日
没年月日
1703年3月20日
年齢
満44歳没

江戸時代前期の武士、赤穂浪士四十七士のひとり。勘助は通称で、名は正辰(まさとき)。伯父・間瀬久太夫と従弟・間瀬孫九郎も義士として討ち入りに参加している。越後国村上藩の松平家家臣の子として奥州は陸奥国白川に生まれるが、その後、赤穂藩浅野家家臣・中村庄助の娘婿となり中村家の家督を継いだ。文書や書に優れていたため祐筆(主君の代筆役)を務め、赤穂城開城後は大石内蔵助の代筆もした。主君・浅野内匠頭長矩が刃傷事件を起こした時は赤穂におり、直後から義盟に加わると大石に従った。最初、大石と同じくお家再興派だったが、大石の命で堀部安兵衛ら江戸急進派を鎮撫するため江戸へ下向、しかし、反対に感化され急進派のひ... (続きをみる

中村勘助の名言
梅が香や 日足を伝ふ 大書院
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吉子内親王

よしこないしんのう

出身
山城藩
生年月日
1714年9月30日
没年月日
1758年10月23日
年齢
満44歳没

霊元天皇の皇女で、7代将軍・徳川家継の婚約者。幼名は八十宮(やそのみや)。生後1ヶ月にして、6歳の幼将軍・家継の婚約者となるが、これは幼い将軍・家継の補佐役である側用人・間部詮房(まなべあきふさ)と儒学者・新井白石が家継の権威付けのために皇女降嫁を計画したものという。しかし、婚約からまもなく風邪をこじらせ家継が死去、皇女降嫁は実現しなかった。吉子内親王は若くして出家、浄琳院宮と号した。墓所は京都市東山にある知恩院。 (続きをみる

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