該当する江戸時代の人物・偉人
亡くなった年齢でまとめることで意外な発見があります。
らいでんためえもん
江戸時代後期に活躍した超人的大相撲力士。現役生活21年のなかで黒星はわずか10、勝率9割6分2厘という驚異的な記録を残し、「大相撲史上最強の力士」と称される。身長は197cm、体重172kgと破格の体格の持ち主だった。本名は関太郎吉、幼名は太郎吉または樽吉、愛称は古今十傑。信濃国小県郡大石村(現・長野県東御市)の豪農・関家にて生まれる。子どもの頃から巨漢で怪力無双だったといわれ、さまざまな伝説が残る。やがて相撲の道に進み、江戸へ出て大横綱・谷風梶之助に弟子入り、その後、松江藩主・松平治郷のお抱え力士となった。初土俵を踏んだのは23歳の時で、8勝2預の好成績を残し横綱・小野川喜三郎と熱戦を... (続きをみる)
おがたこうりん
江戸時代前期から中期に活躍した画家、工芸家。「琳派」の大成者として知られる。初名は惟富、通称は市之丞。京の呉服商「雁金屋」の次男として生まれる。弟に同時代に活躍した陶芸家・尾形乾山がいる。幼い頃から絵画、能楽、茶道、書道、古典文学などに親しみ、30歳の時に父が死去すると莫大な遺産を相続したが、生来の遊び人だった光琳はこれを湯水のように使い果たした。40代の頃に画業に専心するようになり、公家や大名など多くのパトロンを持ち、京の裕福な町衆を顧客に数々の傑作を世に送り出した。光琳の特徴は、大和絵風を貴重にした雅で優雅な古典のなかに、斬新で大胆な構図や画面展開を取り入れた明快でデザイン的な作風に... (続きをみる)
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いわながさんごろう
江戸時代後期の石工。種山石工(熊本藩八代郡に居住する石工の技術集団)の中心的存在として、肥後と薩摩に50を超える石橋を架けた。もと熊本藩士で石工の宇七を父に持ち、三五郎も自然と石橋をつくる技術を学んでいった。25歳の時に三五郎が完成させた灌漑用通水橋「雄亀滝橋(おけだけばし)」は日本で2番目に古い水路橋といわれ、現在も農業用水路橋として利用されている。その後、三五郎は熊本藩による八代の干拓事業に石工共総引き回し役として従事、10年をかけ工事が完了するとその功により名字帯刀を許され「岩永」を名乗った。名石工として名を高めていった三五郎に薩摩藩は氾濫を繰り返す甲突川(こうつきがわ)に石橋を架... (続きをみる)
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かつらがわほしゅう
江戸時代中期から後期の医師、蘭学者。代々将軍家に仕えた奥医師・桂川家の4代目。「甫周」は通称で名は国瑞(くにあきら)、号は月池、公鑑、無碍庵など。父・桂川甫三は『解体新書』の翻訳で知られる杉田玄白、前野良沢の友人で、『解体新書』は甫三の推挙で将軍に献上された。甫周も『解体新書』の翻訳作業に参加している。スウェーデン人医学者カール・ツンベルクから中川淳庵とともに外科術を学び、ツンベルクの著書『日本紀行』に甫周の名があったことから海外にもその名が知られるように。甫周は日本人として初めて顕微鏡を医学利用した人物であり、また、漂流してロシアから帰国した大黒屋光太夫が11代将軍・家斉に謁見した際、... (続きをみる)
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だてただむね
江戸時代初期の大名、陸奥国仙台藩の2代藩主。父は戦国大名の伊達政宗、異母兄は初代宇和島藩主・伊達秀宗。正室は姫路藩初代藩主・池田輝政の娘で徳川秀忠の養女として嫁いだ振姫(家康の孫娘にあたる)。江戸時代における仙台藩の地位確立と基盤固めの基礎を作り「守成の名君」と讃えられた。幼名は虎菊丸、仮名は総次郎。官位は正五位下美作守、従四位下侍従越前守、左近衛権少将、陸奥守。異母兄・秀宗が家康から伊予国宇和島10万石を与えられ別家をおこしたため、忠宗が伊達宗家の後継者となり、父・政宗の死後、2代藩主となった。忠宗は、組織体制の整備、法制度の制定、検地の実施などを行い藩体制の確立に努めた。また、仙台城... (続きをみる)
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だてひょうぶ
江戸時代前期の大名、仙台藩の支藩・一関藩の藩主。父は戦国大名の伊達政宗。「兵部」は通称で名は宗勝、幼名は千勝丸。官位は従四位下、兵部大輔。江戸時代の「三大御家騒動」のひとつ「伊達騒動」の中心人物のひとりとして知られる。兵部は政宗の十男として生まれる。異母兄で仙台藩2代藩主・伊達忠宗が没し、その子・綱宗が3代藩主となると綱宗のあまりの放蕩ぶりを見かね、兵部は親族大名らと話し合い時の幕府老中・酒井忠清に相談をもちかける。結果、幕命により綱宗は強制隠居となり、わずか2歳の綱村が3代藩主となった。新藩主があまりに幼いことから、兵部は綱村の大叔父・田村宗良とともに後見人として仙台藩の実権を握り、藩... (続きをみる)
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もうりかいのかみ
江戸時代前期の大名、長門国長府藩の3代藩主。名は綱元(つなもと)。赤穂浪士四十七士のうち10人の義士のお預かり先となったことで知られる。56年もの長きにわたり藩主を務め、倹約を旨として「天和御法度」の制定や、文武奨励など藩政の確立と充実に尽力した。和歌や文芸を好む風雅な大名だったという。1703年1月30日(元禄15年12月14日)、赤穂浪士四十七士が吉良上野介義央の屋敷に討ち入りし本懐をとげると、10人の義士を預かるよう幕府から命じられた。同じく義士のお預かり先となった熊本藩の毛利家、岡崎藩の水野家が義士を厚遇したのに対し、毛利はあくまで罪人として義士たちを扱い、窓や戸には板をうちつけ... (続きをみる)
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たかつかさのぶこ
徳川幕府5代将軍・徳川綱吉の御台所(正室)。院号は浄光院。父は左大臣の鷹司教平。3代将軍・家光の正室である鷹司孝子は大叔母、6代将軍・家宣の正室である近衛熙子はまたいとこにあたる。上野国館林藩主時代の綱吉と結婚し、綱吉が5代将軍となると大奥に入った。綱吉の生母・桂昌院とは不仲だったといわれるが真偽は不明。ただし、綱吉と信子の間に子が生まれなかったのは事実で、下級武士の娘という卑しい出自ながら唯一綱吉の子を生み権勢をふるった側室・伝とは不仲だったという。夫である綱吉が没するとまもなく死去。あまりに急な死だったため不穏な噂が流れたとも。墓所は東京都台東区にある徳川家菩提寺の寛永寺。 (続きをみる)
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