年齢で見る江戸時代の人物

77歳で亡くなった江戸時代の人物・偉人

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該当する江戸時代の人物・偉人

亡くなった年齢でまとめることで意外な発見があります。

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谷文晁

たにぶんちょう

出身
武蔵藩
生年月日
1763年10月15日
没年月日
1841年1月6日
年齢
満77歳没

江戸時代後期の画家。名は正安、字と号は文晁、通称は文五郎または直右衛門、別号に写山楼・画学斎・無二・一恕。御三卿のひとつ田安徳川家の家臣で漢詩人としても知られた谷麓谷(ろっこく)の子として、江戸は下谷根岸にて生まれた。文晁も幼い頃から文雅の道に興味を持ち、12歳の頃、狩野派の絵師に絵を学び、以後、土佐派、琳派、円山派、四条派などの大和絵をはじめ、南画や朝鮮画、西洋画など和漢洋の諸派を学んだ。文晁は卓抜した技術によって諸派の画法を折衷させ独自の画風を確立、のち江戸画壇の重鎮として君臨するまでになった。白河藩主・松平定信も文晁の才能を愛し、文晁は定信の近習として江戸湾巡航に随行、西洋画の遠近... (続きをみる

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木下順庵

きのしたじゅんあん

出身
山城藩
生年月日
1621年7月22日
没年月日
1699年1月23日
年齢
満77歳没

江戸時代前期の儒学者。名は貞幹、字は直夫、通称は平之允、号はほかに錦里、敏慎斎、薔薇洞。五人兄弟の次男として京の錦小路にて生まれる。幼い頃から頭脳明晰で神童と称され、儒学者・藤原惺窩の弟子・松永尺五に師事し学問に励んだ。一時、江戸へ出たが京に戻り、その後、招聘されて加賀国金沢藩主・前田利常や綱紀(つなのり)に仕官した。62歳の時、幕府の儒官となり、5代将軍・徳川綱吉の侍講を務め、林鳳岡らとともに『武徳大成記』など幕府の編纂事業にたずさわった。順庵は教育者として非常に優れており、弟子の個性に合わせそれぞれの長所を伸ばしたといい、俗に「木門十哲」と呼ばれた優れた人材を輩出した。「木門十哲」は... (続きをみる

大黒屋光太夫

大黒屋光太夫

だいこくやこうだゆう

出身
伊勢藩
生年月日
1751年0月0日
没年月日
1828年5月28日
年齢
満77歳没

江戸時代後期の船頭。ロシアに漂着し帰国した最初の日本人として知られ、その数奇な運命は小説や映画など多くの作品に取り上げられている。幼名は兵蔵。伊勢国南若松村(現・三重県鈴鹿市)にて代々船にかかわる仕事をする家に生まれた。光太夫も長じて廻船問屋に雇われると、江戸と伊勢を往復する廻船の船頭となった。1782年(天明2)、光太夫は自身を含む17人の乗組員とともに「神昌丸」に乗り込み、紀州藩の囲米(かこいまい)を江戸へ運ぶため伊勢国白子の浦から出航した。しかし駿河沖にさしかかった頃、暴風雨にあい漂流、7ヶ月にもおよぶ漂流の末に一行はアリューシャン列島のひとつアムチトカ島に漂着した。言葉も通じない... (続きをみる

伊藤仁斎

伊藤仁斎

いとうじんさい

出身
山城藩
生年月日
1627年8月30日
没年月日
1705年4月5日
年齢
満77歳没

江戸時代前期の儒学者、思想家。「古義学派(堀川学派)」の祖として知られる。諱ははじめ維貞のち維禎、通称は源吉、源佐、源七、屋号は鶴屋七右衛門。仁斎は号であり、諡号は古学先生。京の堀川にて裕福な商家の子として生まれる。儒学者になることを志し朱子学を学ぶも、やがて朱子学に疑問を抱くようになりこれを批判、『論語』『孟子』といった古典の原義にたちもどり仁義を実践する「古義学」を提唱するように。生涯仕官することなく京の堀川に私塾「古義堂」を開き、3000余人ともいわれる門弟の教育にあたった。著書に『論語古義』『孟子古義』など。 (続きをみる

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大原重徳

おおはらしげとみ

出身
山城藩
生年月日
1801年11月21日
没年月日
1879年4月1日
年齢
満77歳没

幕末の尊皇攘夷派の公家。通称は常麿。孝明天皇に重用された。日米修好通商条約調印の勅許を求める幕府に岩倉具視らと反対し、一時、謹慎を命じられた。1862年(文久2)には幕府に政治改革を求める勅使となり、薩摩藩兵に警護され江戸へ赴き、攘夷の決行や徳川慶喜(当時は一橋慶喜)と松平春嶽の幕政参加を了承させた(文久の改革)。その後、朝廷内にて親幕派公家の追放を企てるが失敗し幽閉された。のち許され、明治新政府では参与・議定などを務めた。 (続きをみる

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色部又四郎

いろべまたしろう

出身
出羽藩
生年月日
1664年0月0日
没年月日
1741年9月9日
年齢
満77歳没

江戸時代前期から中期の武士、米沢藩上杉家の江戸家老。又四郎は通称で、名は安長(やすなが)。『忠臣蔵』などの創作物では、父・吉良上野介を助けるため出兵しようとする主君・上杉綱憲を色部が制止するというシーンがしばしば登場するが、実際には赤穂浪士四十七士が吉良邸に討ち入った時、江戸家老として江戸にはいたが、実父の喪中だったため上杉家に出仕していなかった。事件の翌日に急遽、出仕したという。その後も長く上杉家の江戸家老を務め、赤穂浪士の討ち入りから13年後に隠居し米沢へ帰国、のち同地で没した。墓所は山形県米沢市にある千眼寺。 (続きをみる

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