年齢で見る江戸時代の人物

50歳で亡くなった江戸時代の人物・偉人

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該当する江戸時代の人物・偉人

亡くなった年齢でまとめることで意外な発見があります。

徳川家宣

徳川家宣

とくがわいえのぶ

出身
武蔵藩
生年月日
1662年6月11日
没年月日
1712年11月12日
年齢
満50歳没

江戸幕府の6代将軍。幼名は虎松、初名は綱豊。別名に「甲府宰相」。甲府藩主・徳川綱重の長男として江戸の根津邸にて生まれる。3代将軍・家光は祖父にあたる。5代将軍・綱吉に跡継ぎがいなかったため、「家宣」と改名し綱吉の養子となり、綱吉死後の1709年、48歳で6代将軍に就任した。側用人に間部詮房を、政治顧問に新井白石を登用し、悪名高い「生類憐みの令」の廃止を開始するなど幕政立て直しに着手した。しかし将軍就任からわずか3年後、インフルエンザのため死去。墓所は東京の港区にある増上寺。不正や賄賂を嫌い、慈悲深い人物だったといわれる。 (続きをみる

松尾芭蕉

松尾芭蕉

まつおばしょう

出身
伊賀藩
生年月日
1644年0月0日
没年月日
1694年11月28日
年齢
満50歳没

「俳聖」として世界的にその名を知られる江戸時代前期の俳諧師。民衆文芸だった俳諧を形式・内容ともに芸術として完成させ「蕉風」と呼ばれる句風を確立した。幼名は金作、通称は甚七郎、甚四郎、名は忠右衛門宗房。俳号としてははじめ実名の宗房を、次いで桃青、芭蕉と改めた。父は伊賀の土豪一族出身。長じて京にいた俳人・北村季吟に師事し俳諧の道に入り、29歳の時に初句集『貝おほひ』を上野天神宮に奉納した。その後、江戸へ下り日本橋、次いで深川に居を構え多くの作品を発表した。1684年8月には『野ざらし紀行』の旅に出、伊賀、大和、吉野、山城、美濃、尾張をまわり木曽、甲斐を経て翌年4月に江戸へ戻った。1687年1... (続きをみる

松尾芭蕉の名言
閑さや 岩にしみ入る 蝉の声
長谷川平蔵

長谷川平蔵

はせがわへいぞう

出身
武蔵藩
生年月日
1745年0月0日
没年月日
1795年6月26日
年齢
満50歳没

長谷川宣以(はせがわのぶため)。江戸時代中期の旗本で、火付盗賊改方の長官を務めた。通称の「平蔵」で知られ、池波正太郎の小説『鬼平犯科帳』の主人公「鬼平」として有名。幼名は銕三郎(てつさぶろう)、あるいは銕次郎(てつじろう)。旗本・長谷川宣雄の長男として生まれ、23歳の時に10代将軍・徳川家治に御目見えした。若い頃は放蕩無頼だったといわれ、「本所の銕」と呼ばれたとも。京都西町奉行を務めていた父に付き添い家族で京に移住したが、父の死後、宣以は江戸へ戻り、江戸城西の丸御書院番士(将軍世子の警護)からはじまり、西の丸御書院番御徒頭、御先手弓頭と順調に出世、42歳の時に火付盗賊改に任命された。大盗... (続きをみる

No
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平田靱負

ひらたゆきえ

出身
薩摩藩
生年月日
1704年9月10日
没年月日
1755年7月4日
年齢
満50歳没

江戸時代中期の武士、薩摩藩の家老。別名は次郎兵衛、新左衛門、掃部、靱負。1753年に行われた木曽三川分流工事(宝暦治水事件)の責任者として知られる。1753年、琉球貿易により財力を蓄える薩摩藩を警戒した幕府は、木曽三川(木曽川、揖斐川、長良川)の分流工事を薩摩藩に命じ、工事費用や作業のすべてを薩摩藩に負担させた。この幕府による無理難題に対し総奉行として工事を仕切ったのが平田で、多額の工事費用を捻出するため奔走した。工事は平田ら薩摩藩士の尽力で完成したが、あまりに過酷な工事期間のうちに薩摩藩士のなかには病死や幕府に抗議するための自殺をする者も出て多数の殉職者を出す結果となった。総奉行の平田... (続きをみる

板倉重昌

板倉重昌

いたくらしげまさ

出身
駿河藩
生年月日
1588年0月0日
没年月日
1638年2月14日
年齢
満50歳没

安土桃山時代から江戸時代初期の武士、大名、三河国深溝(ふこうず)藩主。徳川氏の重臣で初代京都所司代として名高い板倉勝重の子として駿河国駿府(現・静岡県静岡市)にて生まれ、16歳の時から徳川家康に仕えた。家康からの信頼あつく、「大坂冬の陣」では豊臣方との交渉役を務めた。1637年(寛永14)、九州で「島原の乱」が勃発すると重昌は幕府軍の総大将となり一揆軍鎮圧に向かう。しかし、一揆軍の抵抗はすさまじく戦線は膠着、事態を重く見た幕府は“知恵伊豆”の異名を持つ老中・松平信綱を大将とする援軍の派遣を決定。これに焦った重昌は、1638年(寛永15)に総攻撃を決行するが、統制の乱れる幕府軍は大損害を出... (続きをみる

板倉重昌の名言
あら玉の としの始に 散花の 名のみ残らば 先がけとしれ
千馬三郎兵衛

千馬三郎兵衛

せんばさぶろうべえ

出身
播磨藩
生年月日
1653年0月0日
没年月日
1703年3月20日
年齢
満50歳没

江戸時代前期の武士、赤穂浪士四十七士のひとり。三郎兵衛は通称で、名は光忠(みつただ)。摂津国高槻藩永井家の家臣の子として生まれたが、同族の千馬家の養子となり家督を継いだ。赤穂藩では馬廻り役などを務め100石取りであったが、剛直で融通のきかない性格だった三郎兵衛はしばしば主君・浅野内匠頭長矩にも率直な意見を述べ、相性はあまりよくなかった。その後、長矩の不興を買って大減俸され嫌気をさした三郎兵衛は、ついに浅野家を去ろうとする。その矢先に長矩が刃傷事件を起こし、赤穂藩は改易、お家断絶という大事件が起きた。三郎兵衛は藩の大事の時に私情を優先するは不忠、として赤穂に残ることを決めると義盟に加わった... (続きをみる

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近衛信尋

このえのぶひろ

出身
山城藩
生年月日
1599年6月24日
没年月日
1649年11月15日
年齢
満50歳没

江戸時代前期の公家。父は後陽成天皇で第四皇子として生まれた。幼称は二宮、法号は応山(おうざん)。本阿弥光悦、松花堂昭乗とともに「寛永の三筆」と謳われた養父・近衛信尹(のぶただ)に書を学び、能書家として知られた。諸芸に優れ、茶道は古田織部に学び、連歌もたくみで、実兄の後水尾天皇を中心とした「寛永文化」の担い手として活躍した。また、六条柳町(のちの島原)の名妓・吉野太夫を巡って豪商・灰屋紹益と争い、身請けできず失恋した逸話は有名。 (続きをみる

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