• 更新日:2017年8月18日
  • 公開日:2016年6月16日


さて、政美の作品のうち忘れてならないのが風景画です。遠近法を大胆に取り入れたものや、独自の工夫により生み出したまるで鳥の目から見たような“超”俯瞰図など……。百聞は一見にしかず、さっそくどうぞ。

ここは日本か桃源郷か

『近江八景』「石山秋月」(北尾政美 画)
『近江八景』「石山秋月」
描かれているのは滋賀県大津市にある石山寺(いしやまでら)。なのですが、なんだか日本の風景とは思われません。あわいピンクの雲のせいか、それとも上空にぽっかり浮かぶ月のせいか……とても幻想的な風景です。

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ちなみに、『近江八景』は近江国(現・滋賀県)の8つの名勝をテーマにした作品で、多くの画家が同テーマで風景画を描いています。

たとえば、政美より30年ほど遅く生まれた風景画の名手・歌川広重が「石山秋月」を描くとこんな感じ。

『近江八景』「石山秋月」(歌川広重 画)
『近江八景』「石山秋月」(歌川広重 画)
同じテーマで描いてもぜんぜん違います。おもしろいですね。

もう1枚、『近江八景』から。

音のないモノクロの世界

『近江八景』「比良暮雪」(北尾政美 画)
『近江八景』「比良暮雪(ひらのぼせつ)」
描かれているのは琵琶湖西岸に連なる比良山地。見事なまでの雪景色です。動いているのは中央の馬を連れた人がひとりだけ。とても静かな1枚です。

次は遠近法が効果的な風景画を。

この行列は長い(確信)

『浮絵 原吉原より見る富士の景』(北尾政美 画)
『浮絵 原吉原より見る富士の景』
向こうからやってくるのは琉球王国(現・沖縄)からの使節団と思われます。エキゾチックです。日本を代表する雄大なる富士と異国情緒あふれる行列とのミスマッチ感がふしぎな印象を与えます。なにより極端なまでの遠近法! 路傍で平伏しつつ行列に見とれる人々がまた極端に小さい! おもしろい絵ですね。

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こちらは現在、意外なところで展示されている政美の代表作

スカイツリーからの眺めにそっくり!?

『江戸一目図屏風』(1809年、北尾政美 画)
『江戸一目図屏風(えどひとめずびょうぶ)』(1809年)※蕙斎時代
江戸の町を一望した近世景観画の傑作です。それにしても、ヘリコプターもドローンもない時代にどうやってこの俯瞰からの景色を描いたのかふしぎでなりません。しかも、これ、スカイツリーからの眺望とそっくりということで、スカイツリーの展望台に『江戸一目図屏風』が展示されています。ご興味のある方はぜひ!

最後は、江戸市中の人々を生き生きと軽妙なタッチで描いた政美の傑作中の傑作『近世職人尽絵詞(きんせいしょくにんづくしえことば)』(1805年)をご紹介。これは、江戸に生きるさまざまな職業の人々を描いたもので、「寛政の改革」などを行った元老中・松平定信の依頼によってつくられました。

活気あふれる魚市

『近世職人尽絵詞』にある魚市の様子(1805年、北尾政美 画)
『近世職人尽絵詞』にある魚市の様子(1805年)
こちらは魚市のようすです。見るからに活気にあふれています。人もたくさん、江戸前の魚もたくさん。伊勢海老もあれば、アワビと思しきもの、タコやエイも見えます。

下のほうには魚の骨にかぶりつく野犬もいます。江戸市中の喧騒がまるで映像を見るように伝わってきて楽しいですね。

授業中の悪ふざけは今も昔も子どもの性(さが)

『近世職人尽絵詞』にある寺子屋の様子(1805年、北尾政美 画)
『近世職人尽絵詞』にある寺子屋の様子(1805年)
描かれているのは、子どもたちの学びの場「寺子屋」ですが、ほとんどの子どもが悪ふざけしてます。顔や手に墨を塗ったり、落書きしたり……。

注目は左上。

『近世職人尽絵詞』にある寺子屋で叱られる子供(1805年、北尾政美 画)

悪ふざけしすぎたのか先生から罰を受けている子が、片手に線香、反対の手には水の入った大きな茶碗を持たされています。「線香が燃え尽きるまで罰としてそのままだ!」と先生に怒られているわけです。右下の子の「あ〜あ」という顔にも笑ってしまいます。

武士もお忍びで買い食い中

『近世職人尽絵詞』にある屋台の様子(1805年、北尾政美 画)
『近世職人尽絵詞』にある屋台の様子(1805年)
江戸グルメといえば屋台。こちらは3つの屋台が描かれています。右にあるのは「四文屋」という1品4文(およそ80円)で買えるワンコイン総菜屋。串にさしたおでん、スルメ、こんにゃくなどが売られていたそう。右側のヒョロリとした男性客は指をなめてます。よほどおいしかったのでしょうか。

左の店は「天麩羅屋」。今では高級料理の天麩羅も江戸時代は手軽な屋台グルメでした。天麩羅屋の客をよく見ると、

『近世職人尽絵詞』にある天ぷらを買い食いする武士(1805年、北尾政美 画)

二本差しの武士がいます。どうしても天ぷらを食べたかったのか、手ぬぐいで顔を隠してこっそり買い食いしているところがけなげ。飾らないリアルな姿が描かれているのが本作の特徴です。

江戸の市井に生きる絵師という顔と大名のお抱え絵師という顔、2つの顔を持ち、北斎に先立つユニークなアイデアでバラエティ豊かな作品を生み出し続けた北尾政美。絵と人に対する愛にあふれたその作品は今後、さらに注目を集めること間違いなしです。

もう一人のユルかわ絵師・浪花の奇才・耳鳥斎の作品もあわせてどうぞ。

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