現代人にはピンとこない?大ブームだった「細工もの」
見世物興行のなかで、江戸時代後期~幕末に大ブームとなり一番興行件数も多かったのが「細工見世物」のジャンルです。
まずは、籠(かご)細工
ブームのきっかけは、1819年(文政2年)に江戸の浅草奥山で見世物にかけられた、大坂の籠職人・一田庄七郎による。「三国志」の猛将・関羽。その大きさはなんと7m。デ、デカすぎぃ!
スポンサーリンク
関羽の目が若干死んでますが、とにかく巨大でカラフルな籠細工により興行は大成功、期間延長を重ね100日にもわたるロングランとなり、動員数は40万人とも50万人だったとも。
籠細工人気はほかの芸能ジャンルにも飛び火し、歌舞伎ではセリフに籠細工のことを盛り込んだり、衣装に籠目模様をあしらうなど流行に便乗しました。また、籠細工をテーマにした本も多数出されるなど盛んにメディアミックスがされ、江戸時代、空前の籠細工ブーム到来となりました。
籠細工の大ヒットにより見世物業界は細工物が大盛況、籠細工以外にも貝細工、麦わら細工、菊細工、ギヤマン(ガラス)細工など次々と新たなヒット作が登場しお客を楽しませました。
たとえば、菊細工。
ちょっと菊の描写が細かすぎて見ているとゾワゾワするのですが、今でいう菊人形のようなものでしょうか。この絵では歌舞伎十八番のひとつである歌舞伎の演目「暫(しばらく)」の主演役者がモデル。
こちらは、きらめくガラス細工の精巧さで人気を集めました。
ギヤマン細工。
美人画の背景に描かれているのは、幕末の見世物小屋に登場したギヤマン細工の異国船。船上の人形もカラクリ仕掛けになっていたそう。
次は、
カラクリ人形。
上記画像は、1847年、浅草奥山での見世物のために準備された巨大カラクリ人形。見世物小屋のサイズも間口40間(約73m)と超巨大。
しかも、この巨体がゼンマイ仕掛けで動くというのだから興行前から話題沸騰。事前に浮世絵もたくさん出回りました(これもそのなかの1枚らしいです)。
しかし、この空前絶後の巨大カラクリ人形が日の目を見ることはありませんでした。興行直前に寺社奉行から「待った」がかかり興行は中止。これには江戸っ子たちも超ガッカリ……。
興行中止の理由については、ぜいたくを禁じた「天保の改革」のなかで出された「大造り見世物の禁止」にひっかかったからだとも。
次ページ:細工見世物の新ジャンル「生人形」がリアルすぎて鳥肌もの