年齢で見る江戸時代の人物

64歳で亡くなった江戸時代の人物・偉人

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該当する江戸時代の人物・偉人

亡くなった年齢でまとめることで意外な発見があります。

小林一茶

小林一茶

こばやしいっさ

出身
信濃藩
生年月日
1763年6月15日
没年月日
1828年1月5日
年齢
満64歳没

江戸時代後期に活躍した俳諧師で、生涯に2万句を超える俳句を残した。本名は小林弥太郎。別号は、圯橋・菊明・亜堂・雲外・一茶坊・二六庵・俳諧寺など。信濃は北国街道の柏原宿にある農家の長男として生まれる。3歳の時に実母が他界、8歳で継母を迎えるが馴染めず、14歳で江戸に奉公へ出た。25歳から俳諧の道を歩み出し、近畿・四国・九州を歴遊しながら俳諧の修行に励んだ。父の死後、遺産相続を巡り継母と12年間争う。この継母との軋轢は一茶の句風に大きな影響を与えた。一茶の句風について歌人・正岡子規は「滑稽、諷刺、慈愛の三点」とその特色を評している。代表的な句に「雪とけて村いっぱいの子どもかな」「めでたさも中... (続きをみる

小林一茶の名言
雀の子そこのけそこのけお馬が通る
間宮林蔵

間宮林蔵

まみやりんぞう

出身
常陸藩
生年月日
1780年0月0日
没年月日
1844年4月13日
年齢
満64歳没

江戸時代後期に活躍した探険家、幕府の隠密。蝦夷地方を探検し、樺太(サハリン)が島であることを確認した。名は倫宗(ともむね)。常陸国筑波郡上平柳村の農家の子として生まれる。幕府による利根川東遷事業に参加した際、地理や算術の才能を幕臣に見込まれ、のちに幕府の下役人となった。その後、測量家・伊能忠敬に測量技術を学び、1803年、西蝦夷地を測量した。1808年、幕命により樺太を探索、2回の探索により樺太が半島ではなく島であることを確認した。さらに、清国の役所があるという「デレン」という町の存在とロシア帝国の動向を確認するためアムール川下流を調査、その記録を『東韃地方紀行』としてまとめた。1828... (続きをみる

春日局

春日局

かすがのつぼね

出身
丹波藩
生年月日
1579年0月0日
没年月日
1643年10月26日
年齢
満64歳没

江戸時代前期の女性で、3代将軍・家光の乳母。本名は斎藤福。よく知られる「春日局」とは朝廷から賜った称号。父は明智光秀の重臣・斎藤利三、母は稲葉良通(一鉄)の娘。山崎の戦いのあと父・利三が処刑されると母方の一族である稲葉重通の養女となり、重通の養子・正成の妻となったがのちに離婚し大奥へ出仕した。1604年、家光が誕生すると家光の乳母に任命された。家光が3代将軍となると春日局は大奥を取り仕切るようになり、やがて家光の権威を背景に大奥だけでなく幕政にも影響力を持つ権力を握った。没後、春日局が江戸の湯島に建立した天沢寺(現・麟祥院)に葬られた。辞世の句は「西に入る 月を誘い 法をへて 今日ぞ火宅... (続きをみる

春日局の名言
西に入る 月を誘い 法をへて 今日ぞ火宅を 逃れけるかな
No
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増山雪斎

ましやませっさい

出身
武蔵藩
生年月日
1754年11月27日
没年月日
1819年2月23日
年齢
満64歳没

江戸時代中期から後期の大名、伊勢国長島藩の5代藩主。「雪斎」は号で、多くの書画を残した文化大名として名高い。名は正賢(まさかた)、字は君選、号はほかに巣丘山人など。長島藩4代藩主・増山正贇(まさよし)の長男として江戸の藩邸にて生まれる。父の死後、5代藩主となり伊勢長島2万石を相続した。その後、大坂御城御加番などを歴任。政治面での手腕は凡庸だったようだが、文化面においては一流の腕前を持ち、山水画や花鳥画など多くの書画を残し、囲碁や煎茶にも精通していた。また、江戸の文人・大田南畝や大坂の博物家・木村蒹葭堂(けんかどう)など多くの文人と交流を持ち、その庇護者となった。48歳で隠居すると江戸の巣... (続きをみる

No
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細川重賢

ほそかわしげかた

出身
武蔵藩
生年月日
1721年1月23日
没年月日
1785年11月27日
年齢
満64歳没

江戸時代中期の大名、肥後国熊本藩6代藩主。藩政改革(宝暦改革)を断行し「肥後の鳳凰」と賞賛された名君として名高い(同じく江戸中期に藩政改革を成功させ名君と呼ばれた人物に上杉鷹山がいる)。また、蘭学に傾倒し薩摩の島津重豪、久保田の佐竹義敦らとともに「蘭癖大名」と呼ばれた。幼名は六之助、初名は長岡紀雄、号は銀台。熊本藩4代藩主・細川宣紀(のぶのり)の子として江戸藩邸にて生まれる。兄3人が早世し、5代藩主となった兄・宗孝にも子がなかったので兄の養子となり、その没後に重賢が6代藩主となった。当時の熊本藩は参勤交代の費用にも窮乏するほどの財政難にあり、重賢も部屋住み時代には質屋に通ったという逸話も... (続きをみる

No
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宇田川玄真

うだがわげんしん

出身
伊勢藩
生年月日
1770年1月24日
没年月日
1835年1月2日
年齢
満64歳没

江戸時代後期の蘭方医、蘭学者。本姓は安岡、名は璘、号は榛斎(しんさい)、玄真は字。江戸時代を代表する蘭学者・大槻玄沢の弟子で、橋本宗吉、稲村三伯、山村才助とともに「芝蘭堂の四天王」と呼ばれた。若くして『解体新書』の翻訳で名高い杉田玄白の私塾「天真楼」に学び、さらに玄白の弟子でもある大槻玄沢の私塾「芝蘭堂」で学び第一の弟子となった。一時、杉田玄白の婿養子となったが仔細あり離縁となった。芝蘭堂の同門で津山藩医の宇田川玄随の没後、望まれて養嗣子となり宇多川家を継いだ。幕府からの要請により蘭書翻訳員として招聘され、フランス人のノエル・ショメールの百科事典翻訳に従事した。また、同門の稲村三伯らに協... (続きをみる

No
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金地院崇伝

こんちいんすうでん

出身
山城藩
生年月日
1569年0月0日
没年月日
1633年2月28日
年齢
満64歳没

安土桃山時代から江戸時代前期にかけての臨済宗の僧。字は以心、崇伝は法名。俗姓は一色。一般に知られる「金地院」は居住していた南禅寺金地院に由来する。初代将軍・徳川家康の右腕として外交や寺社統制に辣腕をふるい「黒衣の宰相」の異名をとった。室町幕府の幕臣で将軍側近・一色秀勝の子として京に生まれたが、室町幕府滅亡をうけ南禅寺にて出家した。諸寺を暦住し修行に励み、37歳の時に臨済宗の最高位・南禅寺270世住職となった。その後、駿府の大御所・徳川家康に招かれ幕政に参画、外国との交易や外交文書の起草などを一手に引き受けた。また、宗教関係の諸事も担当し全国の寺社を統括する大役を担った。「バテレン追放令」... (続きをみる

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