年齢で見る江戸時代の人物

33歳で亡くなった江戸時代の人物・偉人

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該当する江戸時代の人物・偉人

亡くなった年齢でまとめることで意外な発見があります。

浅野内匠頭

浅野内匠頭

あさのたくみのかみ

出身
武蔵藩
生年月日
1667年9月28日
没年月日
1701年4月21日
年齢
満33歳没

江戸時代前期の武士、播磨国赤穂藩の3代藩主。『忠臣蔵』こと「元禄赤穂事件」での悲劇の若き主君として知られる。官命から「浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)」と通称される。幼名は又一郎。赤穂藩2代藩主・浅野長友の長男として江戸鉄砲洲にある浅野家の上屋敷にて誕生。幼い頃に父母と死別し、9歳の幼さで赤穂藩主となった。朝鮮通信使饗応役に幕府から任命されたり、霊元天皇の勅使饗応役などを務めた。所領の赤穂藩へ初めて入ったのは17歳(満15歳)の時で、その時に筆頭家老・大石良雄らと対面した。1701年3月13日、2度目となる勅使饗応役を拝命、この時の礼法指南役が吉良善央であり、4月21日、江戸城本丸大廊下... (続きをみる

堀部安兵衛

堀部安兵衛

ほりべやすべえ

出身
越後藩
生年月日
1670年0月0日
没年月日
1703年3月20日
年齢
満33歳没

江戸時代前期の武士。「堀部武庸(ほりべたけつね)」と読む。通称は堀部安兵衛。『忠臣蔵』で知られる「元禄赤穂事件」で吉良上野介義央の邸に討ち入りした赤穂浪士四十七士のひとり。浪士随一の剣客で、「高田馬場の決闘」でその名を知らしめた。父は越後国新発田藩の溝口家家臣・中山弥次右衛門。誕生直後に母が死去、男手ひとつで育ててくれた父も13歳の時に死去し孤児となった。その後、江戸へ出て堀内正春道場に入門、すぐに頭角を現した。1694年3月6日、同門の菅野六郎左衛門が高田馬場で果し合いをすることとなり、安兵衛はこれに助太刀、めざましい活躍を見せ、その名は江戸中に知られるほどとなった。堀部の勇名を聞いた... (続きをみる

堀部安兵衛の名言
梓弓(あずさゆみ) ためしにも引け 武士(もののふ)の 道は迷わぬ 跡と思はば
No
Image

相馬大作

そうまだいさく

出身
陸奥藩
生年月日
1789年0月0日
没年月日
1822年0月0日
年齢
満33歳没

江戸時代後期の武士。本名は下斗米将真(しもとまいまさざね)、通称は秀之進。弘前藩主暗殺未遂事件「檜山騒動」の首謀者として知られる。一般に知られる「相馬大作」は変名である。盛岡藩領の福岡(現・岩手県二戸)にて生まれ、18歳の時に江戸へ出て剣術、兵学などを学んだ。帰郷後は福岡で私塾「兵聖閣」を開き門弟の指導にあたった。大作の主筋である盛岡藩主・南部氏と支流にあたる弘前藩主・津軽氏は長年対立していたが、弘前藩主・津軽寧親がワイロをもって昇進し南部氏をしのぐ勢いにあった。これを不満に思った代作は津軽寧親に隠居勧告状を送るが聞き入れられず、暗殺を決意する。1821年(文政4)、大作は門弟4人を従え... (続きをみる

近松勘六

近松勘六

ちかまつかんろく

出身
近江藩
生年月日
1670年0月0日
没年月日
1703年3月20日
年齢
満33歳没

江戸時代前期の武士、赤穂浪士四十七士のひとり。勘六は通称で、名は行重(ゆきしげ)。家紋は六ツ星。同じく赤穂浪士のひとり奥田貞右衛門(行高)は異父弟。祖父が赤穂藩の典医として仕えた縁から勘六も赤穂藩士となった。山鹿流兵学に通じたという。赤穂城開城後は故郷の近江国の野洲郡蛭田(現・滋賀県野洲市)に隠れ住み、大石内蔵助ら同志と連絡をとりあった。江戸にいる急進派を抑える役目を果たし、江戸では「田口三介」の変名で潜伏した。吉良邸討ち入りの際には表門隊に属し、戦闘中に泉水に落ちて重症を負ったという。討ち入り後、熊本藩・細川家屋敷にお預けとなり、切腹。墓所は徳島県徳島市にある慈光寺と滋賀県野洲市にある... (続きをみる

富森助右衛門

富森助右衛門

とみのもりすけえもん

出身
播磨藩
生年月日
1670年0月0日
没年月日
1703年3月20日
年齢
満33歳没

江戸時代前期の武士、赤穂浪士四十七士のひとり。助右衛門は通称で、名は正因(まさより)。俳諧をたしなむ文化人で、松尾芭蕉の高弟・宝井其角(きかく)に師事し、自身も「春帆」の号を持つ。赤穂藩御留守居役の子として生まれ、父を早くに亡くしたため幼い頃から赤穂藩主・浅野内匠頭長矩に仕え、長矩からの信頼もあつかった。非常に母親孝行な人物として知られ、母から「いついかなる御用をおおせつかってもいいように20両くらいは持っておきなさい」という言いつけを守り、懐には常に20両をひそませていたという。また、討ち入り時には母の小袖を身につけ戦いに挑んだ。大石内蔵助からの信頼もあつかった助右衛門は、討ち入り後、... (続きをみる

富森助右衛門の名言
先立ちし 人もありけり 今日の日を ついの旅路の 思ひ出にして
不破数右衛門

不破数右衛門

ふわかずえもん

出身
播磨藩
生年月日
1670年0月0日
没年月日
1703年3月20日
年齢
満33歳没

江戸時代前期の武士、赤穂浪士四十七士のひとり。数右衛門は通称で、名は正種(まさたね)。家紋は隅角切に横一。赤穂藩譜代・不破家の養子となり家督を継ぐが、粗野な性格で同僚トラブルを起こしたり、刀の切れ味を試すため死体を試し斬りしたりといった不行跡により主君・浅野内匠頭長矩の勘気をこうむり、藩を追われ浪人となった。その後は江戸に住んだが、もと主君・長矩による刃傷事件が起こる義盟への参加を懇願、大石のとりなしで泉岳寺の主君の墓前で帰参が許され、義盟に加わることになった。なお、浪人で討ち入りに参加したのは数右衛門ただひとり。討ち入り時は裏門隊に属した。討ち入りに際しては各々持ち場が厳密に決められて... (続きをみる

倉橋伝助

倉橋伝助

くらはしでんすけ

出身
播磨藩
生年月日
1670年0月0日
没年月日
1703年3月20日
年齢
満33歳没

江戸時代前期の武士、赤穂浪士四十七士のひとり。伝助は通称で、名は武幸(たけゆき)。7歳(6歳とも)の時に父を亡くし幼くして家督を継ぐと、赤穂藩主・浅野内匠頭長矩に中小姓として仕えた。主君・長矩が刃傷事件を起こした時は、参勤交代で同行していたため伝助も江戸におり、同じく江戸にいた堀部安兵衛に同調して江戸急進派のひとりとなった。しかし、お家再興を望む大石内蔵助に派遣された吉田忠左衛門の説得を受け、討ち入りの時機を今かと待った。江戸では堀部安兵衛の借家に住み、同じく義士の前原伊助が営む店の手代「十左衛門」として吉良側の動向を探った。討ち入りに際しては裏門隊に属し、亡き主君・長矩から拝領した大太... (続きをみる

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